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 そんな事があった日の夜。学園都市第七学区のとある裏通りに入った男がガラの悪そうな不良達に囲まれていた。
 男はスーツ姿で派手なシャツを身に纏い、長身で顎髭を生やしているが整った顔立ちをしている。派手なシャツに引けをとらない明るい茶髪を後ろに上げ、傍から見たらスキルアウトのリーダーの様な風貌を漂わせているが、どうやらそういうわけでもないらしく対立しているようだ。
 周りの不良達はニヤニヤと笑みを浮かべて各々の武器を取り出すが、男が表情一つ変えずに話し出した。

「おいおい。道を聞いているだけじゃないか。そんな荒くならないでくれ」

 男はそのダンディな顔立ちから想像出来ない明るい口調で、軽く両手を挙げ静止を求める。
 しかし相手が不良で、しかも数人溜まっている連中ともなれば数の利を生かされているので聞く耳を持つはずもなく、連中は男が逃げ出さないように周りを囲みながら獲物を向けてヘラヘラと笑っている。
 はぁ、と男は溜息を吐くと目の前にいた連中のリーダー格の男が一歩前に出た。

「なぁ、おっさん。教えて欲しけりゃ情報料として有り金全部置いていけや。まぁもっとも嫌と言っても金は無くなる事になるけどな」

 リーダーの言葉に周りの連中もどっと笑い出し腹をかかえる。生憎裏通りでしかも時間帯も夜なので人気が少なく、助けを呼ぶ事も出来ないようだ。
 男は挙げていた両手を腰に掛け、やれやれといった表情で頭を振った。

「わかったよ。他をあたらせてもらうよ」
「おおっと。嫌でも金は置いてってもらうっつったろーが!」
「どうして?」
「はぁ? …あー、もういいよ。さっさとやっちまおうぜ」
「おぉ。悪いな、おっさん」
「さっきからおっさんおっさんって。少し失礼じゃないか? うん?」
「うるせぇんだよっ! とりあえず死んどけっ!」

 そう言って一人の不良が男目掛けて獲物を振るうが、男は軽く避け足を掛ける。それを見た他の仲間達も畳み掛けるが、男には寸前の所で当たらない。

「はぁっ、はぁ…! こ、この野郎…っ! ちょこまか逃げ回ってんじゃねぇぞ!」
「そんなので殴られたら痛いでしょう。いい加減そんなの振り回すのはやめなさい」
「うっ、うるっ……せっ!!!」
「おぉっと…、むぅ。しかしこれじゃいつかはやられてしまうな」

 男はそうと考えてると、その場に陽気な声で話しかけてくる一人の少年が現れた。

「あぁ、いたいた。すみませんねぇ…、待たせてしまって」

 夜の裏通りで不良に囲まれてる人にこんな風に話しかけるお人よしな少年なんか、上条当麻くらいしかいないのだが。


「なんだぁテメェは!? こいつの連れか?」
「まぁ、そういう事です。つーわけで、失礼しましたー」

 上条は幾多もこのようなシチュエーションを繰り返しているために、その場でのやりとりにとても慣れていた。
 こういう時はさっさと逃げるに限るのだ。変に騒ぎを起こしても面倒臭くなるだけだから。
 しかし、今の彼は覚えていないが一回だけこのパターンで失敗したケースがある。そのケースとは―――

「誰だ? 君は」
「…あぇ?」

 上条は男の手を取りスタスタと歩いていこうとしたところでそう言われて固まった。その昔、御坂美琴を不良達から庇ってあげようとした時と同じ反応を返されて。

「ちょっ! 話を合わせてくださいよ! 知り合いのふりをして自然にこの場から逃げ出す作戦が台無しじゃないですか!」
「え? あ、そういう事だったのか。いやぁ、すまんすまん。わっはっは」
「あはは…、は?」
「…」
「えぇっと…」

 二人の周りにはとても怖い顔をしたお兄さん方が獲物をペチペチを叩きながら待ち構えている。
 上条はその光景に「不幸だ…」と漏らすが、先程も言った様にこのようなシチュエーションには慣れているのだ。
 だから―――


  たたかう
  でんわ
  せっとく
 →にげる ピッ


「失礼しましたぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
「うおっ!」
「あ、まっ待ちやがれぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

 男の手を引いて全力で逃げる事にした。


 数分後、不良達から逃げ回った二人は息を切らせて今日美琴から告白を受けた公園のベンチに腰掛けていた。
 上条からしてみれば、こんな事は日常茶飯事なので軽く息を切らせているだけだったが、派手シャツの男は相当に疲れたらしく膝に肘を付いて俯いている。
 上条はその男を見ると徐に立り上がり自販機まで走って飲み物を買ってくると「学園都市製なので変わった味しかありませんが」と言い男に飲み物を差し出した。
 男は上条から飲み物を貰うと、一気に飲み干しカァーっと息を吐き出す。男はそれで大分生き返ったのか立ち上がり、礼を言った。

「いやはや、助かったよ。あの人数を撒けるなんて君も相当の場を越えてきたみたいだね」
「ははは。俺は毎日のように追われてますので」
「毎日? 君が追われるような事をする人間には見えないし…、ひょっとして今日みたいに助けに入ってるのかい?」
「えっと…助けるとかそんな大げさな事じゃないですよ。ただ見てられなかっただけです」
「……はっはっは。いやいや、今時の若いのにも君の様な子がいるなんてね。でも本当に助かったよ。ありがとう」
「いえ、いいですよ。俺が勝手にやったことなんで」
「うぅむ。そうは言ってもな。何かお礼を…、君時間ある? 夕食でもご馳走しよう」
「いやいや! ホントに大丈夫ですって!」
「む。人の恩義を受け取れないと?」
「あ、いえ…、そういうわけでは…」
「では行こうか。…と言っても実を言うとここの地理にあまり詳しくないんだ。案内してくれるかな? 君が行きたい所ならどこでもいいからさ」
「はぁ…。じゃあファミレスかどっかにでも…」

 上条は缶を捨てると男を連れて、公園を後にした。
 街中は完全下校時刻が過ぎているために人気があまり無く、街頭が点いているだけだった。
 上条がなぜこの時間に外に出歩いていたかと言うと、寮に帰り夕食を作ろうとしたまではいいが、何故か買ってあった食材が綺麗さっぱり無くなっており、テーブルの上に「こもえのところで鍋パーティーやるから色々と持っていくんだよ」と書かれたメモが置いてあった。
 上条はそのメモを見た瞬間に発狂し、それで仕方なくコンビニでも行って買い物をしようとしたらしい。
 その時に、裏通りから声が聞こえたので覗いたら――と、いうのが今までの流れだ。

 上条はしばらく歩くとファミレスを見つけ、男の了解を得て入っていった。
 完全下校時刻が過ぎていると言ってもまだまだ深夜ではないため、ちらほらと客が入っており、ガラの悪そうなのもいる。
 男は「タバコは吸わないから好きなところでいいよ」と言い、上条を適当に座らせた。

「さてとじゃあ頼もうか。えっと…、あぁ、ごめんごめん。まだ名前を聞いてなかった」
「あ、上条です。上条当麻」
「え? 上条…、当麻…くん?」
「はい。そうですけど…、何か?」
「もしかしてお父さんは刀夜って名前?」
「父さ…、父を知ってるんですか?」
「あぁやっぱりね! うんうん。ちょっと海外で偶然知り合ってね。はぁー、なるほどなるほど。そういえばどこか面影があるな」
「海外…」
「うん。実は俺は世界を渡り歩いて仕事をしているんだ。そこで意気投合してね」
「す、すごい偶然ですね」
「くっくっく…、それがね。もっとすごい偶然があって俺の妻も君の事知ってるみたいなんだよね」
「マジですか。何か偶然という枠越えちゃってますね。…って、俺の事知ってる? っていうと高校のクラスメイトのお母さんとかですか?」
「いいや。俺には娘がいるんだが、まだ中学生だよ」
「じゃあ違うか。……ん?」
「ん? どうしたの?」
「あれ…。あの? まさかとは思いますけど…、その中学校って?」
「あぁ、学舎の園にある常盤台中学だよ。そこの二年生」
「…」

 上条の時は止まった。
 いやいやまさか。世界って広いだろ? 今の地球上には何億の人がいると思ってるんだ。その何億分の2が偶然出会った? いや、待て。まだだ。まだ終わらんよ。まだこの人があいつの父親と決まったわけではない。で、でもこの茶髪…常盤台…二年生…。
 上条はあまりの偶然にまた知恵熱を出し、うーんと唸っている。
 男はウエイトレスが持ってきた水を飲んでいるが、上条の唸る姿を見て不思議そうに話しかける。

「…上じょ、当麻くんの方がいいかな。どうしたんだ?」
「す、すみません。ちょっとめまいが。あのひょっとしてですけど、あなたの苗字…『御坂』じゃないですよね?」
「おお。大当たりだよ」
「うわ…」
「初めまして、俺は旅掛。多分君が言ってる御坂美琴の父親の、御坂旅掛だ。よろしく」

 上条の時は再び止まった。母親に続いて父親にまで会うとは。
 これはもう偶然ではなく必然なのではないだろうか?
 実は自分と御坂は生まれた時から幻想殺しでも打ち破れない運命の赤い糸か何かで繋がれていて、今まで起こった出来事は全て運命のいたずらで、最終的に二人はめでたく結ばれてハッピーエンド! …って、まさかな。
 上条が口をパクパクさせているのが面白かったのか、旅掛は笑い「今日は私の奢りだから好きなのを頼みなさい」とメニューを差し出した。
 上条は偶然にも程があると冷や汗をかいたが、一応は美琴の父親なので失礼のないように明るく振舞う。
 どうやら旅掛は、少し休暇が出来たので妻子に会いに日本に帰ってきているらしい。美琴を呼び出した方が早いのだが今日は遅いし、明日にでもサプライズとして驚かせたいようだ。
 しばらくして二人は料理を選び終わると、ウエイトレスを呼んで注文する。
 上条は旅掛の奢りだと言われていたが、何とも言えない恐怖でパスタ一品だけにした。

「当麻くん高1なんだろ? パスタだけで足りるの?」
「は、はひっ! ぜ、全然足りますっ! いつもあまり食べてないのでっ!」
「まだまだ育ち盛りなんだから食べないとダメだ。体細いしな。でも喧嘩は強いんだって?」
「え? ど、どどどこでそのような情報を…」
「妻から聞いたんだよ。多分娘を問い詰めて白状させたんだろうけど」
「御坂…っ」
「はは。色々聞いてるよ。何でも娘の心を奪っていったんだとか」
「ぶぅぅぅぅぅぅ!!! なっ、ななな…何を言い出しますか、急に!?」
「はっはっは! 俺の前だからって変な気を使わないでもいいよ。確かに今日の当麻くんを見てたら娘が何で惚れたのかが分かるからね」
「そっ、そんな事は…」

 上条はその一言で今日学校の帰り道で起こった美琴の意味深な言葉を思い出す。
 そういえば明日あいつの夢を聞いてあげる約束をしたような…。
 
「はぁ。まぁ当麻くんは本当に鈍感なようだからね。娘が不憫に思えてきたよ」
「え、えっと…」
「あぁ。ごめんごめん。別に君を悪く言ってるつもりはないんだ」
「そ、そうなんですか」
「妻がね言ってたんだよ。一時期の美琴はとても暗かったって。でも当麻くんと会うようになってから見違えるように元気になったってね」
「あ…そ、それは」
「でもそれが何なのかは私は聞かない。けど心あたりがあるなら今日の事と合わせて改めて御礼を言わせてもらうよ。どうもありがとう」
「い、いえ…そんな。その事も俺が自分でやった事ですから」
「一個だけ聞くけど…どうして娘の為に?」
「えっと、その……聞えた気がするんです。あいつの声が。とても悲しそうで、いつもは強がってるけど助けを求めてる声が」
「そうか。色々世話になったようだ」
「いえ。さっきも言いましたけど、俺が、好きでやったことですから」
「ではこの話はもうお終いにしようか。せっかく一緒にごはんを食べるんだ。楽しくいかないとな!」
「はい」

 上条と旅掛は料理が来ると、世間話などで盛り上がっていた。
 上条は学園都市であった行事の事や美琴とのやりとりの事。旅掛は世界で起こってる事や刀夜との出会った時の事。
 二人は今日初めて会ったとは思えない程、話題が尽きる事なく楽しい時間を過ごした。
 しばらくして食事を取り終わるとウエイトレスが食器を下げ、テーブルには水の入ったコップと旅掛が頼んだコーヒーだけになった。
 旅掛はそのコーヒーに一口つけると上条に真剣な眼差しを向ける。
 上条はその目に圧倒され、何かマズイ事でもしてしまったのかと鼓動が早くなるのを感じた。

「当麻くん」
「は、はひ?」
「私は美琴の父親だ」
「は、はい。知ってます…けど」
「親というのは自分の子供の心配をするものだ」
「は、はい。…あの、御坂の心配…ですか?」
「うむ。正確には美琴と当麻くんの心配だ」
「お、俺と…御坂? それは一体どういう…」
「恥ずかしい話だが、私は日本にいる事が少なく娘も学園都市に預けているため父親らしい事は何もしてあげれていない」
「は、はぁ…?」
「それは妻も一緒だが、私たちは出来るだけ娘には幸せになってもらいたいんだ」
「それは、分かりますよ。親が子の幸せを願うのは…、まぁ俺が言うのも何ですが、当たり前…というか」
「では娘の幸せとは何か?」
「み、御坂の幸せ…!? え、えっと…それは…」
「ん? 何か心あたりがあるようだね」
「…えっと」
「それは聞かないでおくよ。まぁ、何が言いたいかというとだね。娘は今、本当に今の生活を楽しんでいるのかということだ」
「今の、生活?」
「娘は今や学園都市で第三位まで昇っていったが、しかしそれと同時に支えてくれる何かが無くなってしまったんだよ」
「御坂を支える…なにか」
「第三位ともなれば人から尊敬もされるだろう。しかし娘もまだ14だ。力で強くなっても心までは急には強くなれない。自分が弱ってもそれを支える何かが無ければ娘は無理と分かっていても自分を犠牲にし、他人を守ろうとするだろう。しかし、そんなのは絶対にダメだ」
「それは…、わかります。そんなので助けられても絶対に嬉しくないですよ。あいつに初めて会った頃にそれを感じました」
「…ふむ」
「偽善とか矛盾とか思われるかもしれませんが、俺はそんな御坂は見たくないです。だから御坂に危険が迫れば助けたいですし、一緒にいてあげなきゃって思う時もあります。それに俺、ある人と約束をしてるんです。御坂美琴を守るって。彼女の周りの世界を守るって」
「それはその人に言われたからかい?」
「…いえ。俺は多分ただあいつが心配なんです。その…、上手くいえませんけど」
「そうか。…当麻くん。君は十分に娘の、美琴の心の支えになっているようだ」
「え? そ、そうなんですかね」
「あぁ。そうだとも。ところで当麻くん? 君に一つ聞きたい事があるんだが、いいかな?」
「? 何でしょうか?」

 旅掛はそう言うとまたコーヒーに口をつける。仕事で海外にいるのが多いためか日本のコーヒーは少し口に合わない。ビールはうまいんだけどなぁと思う。
 そして水面に浮かぶ泡を目で追い、目当てにしていた大きめの泡が割れたのを確認すると上条に視線を戻した。

「世界に足りないものは何だと思う?」
「え? えっと…、うーん…」
「あまり深く考えないでいいよ。思いついたものをポロっと言ってくれて構わない」

 上条はそう言われてもなぁと考えたが、とりあえずこうあったらいいと思うの事を言うことにした。

「笑顔、じゃないですか?」
「ほぅ…」
「あ、あれ? 違います…? う、うわぁ…」

 上条は旅掛の反応が薄かったので質問の答えがくさかったのかと顔を赤くして俯いてしまった。
 そんな旅掛だが、実は上条の答えに正直度肝を抜かれていた。
 まだ16歳の高校一年生に、即興で出した質問にこれからの美琴が、世界が必要としている答えを言ってのけたのだから。正確には自分と限りなく近い答えだったから。
 聞けばこの上条当麻という少年。幾度か海外を飛び回り、学園都市からいなくなると言う。そしてそれは自分が求められるなら、どんな時でも行ってあげたい、とも。
 上条は依然として顔を伏せているが、そんな上条に旅掛は満面の笑みを浮かべて右手を差し出した。
 上条はその手と旅掛の顔を交互に見て、えっ?えっ? と混乱しているが、恐る恐る右手を添えると旅掛は満足したように頷き強く握ってきた。

「当麻くん! 君は最高の男だ! 実に気に入った!」
「は、はぁ…? そ、それはどうも…ありがとうございます?」
「ところで当麻くん。君明日は暇かね? 時間取れないかな。また食事がしたい」
「あ、明日ですか!? え、っと…その」
「ん? 何か用事があるのかい? 別に無理にとは言わないが」
「えっと…、両親が来るんです。食事でもご馳走しておげようと思って…」
「おぉ! 上条さんが来るのか! いやいや、久しぶりに話したいものだ」
「え? じゃ、じゃあ…ご一緒にどうでしょうか。み、御坂さん…」
「本当かい? いや何かすまないな。無理に言ったみたいで。あぁ、あともう知らない仲じゃないんだし、旅掛でいいよ。俺も当麻くんって呼んでるしね」
「そ、そうですか…じゃあ、その…、旅掛さん…」
「うんうん。いやぁ、奥さんも来るんだよね。楽しみだな」
「時間は昼過ぎって事になってるんですが…正確には決めてなくて」
「いいよいいよ。俺が無理に一緒するんだから合わせるから。携帯持ってるだろ? 電話なりメールなりで言ってくれればいいから」
「じゃ、じゃあ赤外線で連絡先を…」
「そうだね……おっ、きたきた。そうだ。折角だから妻と娘も呼んでいいかな? 上条さんには以前お世話になったからまた話がしたいって言っててね」
「え! み、御坂…と美鈴…じゃなかった、御坂のお母さんもですか」
「ダメ…?」
「(あ。でも確か御坂は夢を聞いてほしいって言ってたな。て言う事は親とかにも聞いて貰った方がアドバイスしてもらえるし…約束もすっぽかさなくて済む! ナイスアイデアだっ!)」
「?」
「あぁえっと…、御坂が俺に夢があるから聞いてくれって言ってきて…、それが丁度明日なんですよ。でも約束した時間に間に合うか分からないので食事の時に一緒に聞いてもらえたりしますか?」
「ん? 美琴ちゃんの夢? とっても興味があるな。是非聞きたい」
「じゃあ、全然いいですよ。うちの親にも言っておきますので! 御坂も沢山アドバイス貰えた方がいいでしょうし」
「本当か! いやぁ、流石当麻くんだね! 話が分かるなぁ!」
「いやぁ、あっはっは(あれ? でも俺に関する事って言ってた様な…、まぁいいか。うん)」
「じゃあそろそろお開きにしようか。今日は本当にありがとうな。久々に楽しく食事を取れたよ」
「いえいえこっちこそご馳走さまでした。すみません、大した事してないのに…」


 旅掛は上条とファミレスを出ると、連絡の約束を再度確認して別れた。
 11月という事もありスーツにシャツだけじゃ冷えるが、そんな事は苦にならないように笑いながら携帯を取り出すと明日の事で電話をかけ始める。
 まずは美鈴に連絡し明日の了解を得る。そして次は美琴。

 そんな美琴は今、寮の自室にてルームメイトの白井黒子と世間話…と言うか美琴が一方的に上条の事を楽しそうに話していた。
 白井は風呂上りなのか頭のリボンを解いており、その長い髪の毛を下ろしている。…耳につけているウォークマンからのイヤホンを隠すように。

「(ぐぐぐぐぐぐぐぐっ…、あ、頭が。頭がおかしくなりそうですわっ! あんな楽しそうに話されるなんてっ…! あ、あああああの…猿がっ!!!!)」
【黒子ぉ…、寂しいの。一緒に寝てよぉ…】(ウォークマンの中身。ちなみに合成。作・初春飾利)
「(はぁはぁはぁ…! もちろんですわっ! お姉さまぁ~~~~んっ!!!!)」
「でさぁアイツったらまた転んで卵割っちゃって…って、ん? 電話だ。……も、もしもし? 珍しいわね。どうしたのよ?」
『おぉ! 我が娘よ! おまえの目は確かのようだ!』
「はい? ちょっと、何を言って――」
『ところで明日時間あるかな? 実は今学園都市に来てるんだ。ごはんでも一緒にどうだ?』
「はぁ!? 今来てるの!? 連絡してくれれば迎えに行ったのに」
『いやいや。今着いたばかりでね。もう夜も遅いし、明日にしようかなと』
「あ、明日!? 明日はちょっと…、大事な用事があって……その」
『用事? あぁ、当麻くんに夢を聞いてもらうとかってやつか』
「えぇっ!? なっ…なななななななんで知ってんのよ!? しかも、とっととっ…当麻くんっ!?」
「(むっ…当麻くん? あの類人猿の事を話してますの?)」
【黒子ぉ…こっち向いて寝てよぉ。寂しいじゃない…】※ウォークマン
「(はぁはぁ…)」
『実は今まで当麻くんと一緒に食事をしててね。美琴ちゃんの夢聞くなら親にも聞いてもらった方がいいって』
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!! い、嫌よ嫌イヤッ! ふ、二人っきりじゃないと言いづらいって言うか…その、あうあうあうあう」
「(むっ…二人っきり、ですの? 明日? 一体何が…)」
【えへへ。黒子温かいね。私が寝るまでこうしてていいでしょ?】※ウォークマン
「(はぁはぁ…)」
『あぁ、あと当麻くんのご両親も来るからちょっとくらいお洒落してくるんだぞ?』
「はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!?????? なっ…何でそんな事にっ!!!????????」
『いいからいいから。明日当麻くんから連絡貰ったら電話するからさ。昼くらいだって。しっかり準備しておくんだぞー?』
「えっ!? ちょっ、待っ―――」
『それじゃあねー』
「あ…」
【うぅぅ…黒子ぉ! 私やっぱり眠れないよぉ! お、お願い黒子…わ、私を―――】※ウォークマン
「(はぁ! はぁ! はぁ!)」
「ふにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」
「おっ、オネエざばばばばばばばっばばばばばばバババババばばばばばばばばばばばばばばばっ!!!!!!!???????????」

 翌日の11月22日。公園の自販機前で上条当麻は美琴と美琴の父、旅掛を待っていた。
 30分ほど前に父刀夜からあと一時間くらいで第七学区の駅に着くと連絡が入り、それを旅掛に伝えたところ既に美琴と一緒にいるらしくすぐ来てくれるようだ。
 上条は昨日のうちに今日は御坂一家も一緒に来ると刀夜と詩菜に伝えておいた。
 今日は休日もあって美琴の母美鈴も大学がないらしく一緒に学園都市に向かっているとの事。
 そんな事もあって呼び出しから15分後、上条が自販機で買ったザクロコーラを飲み終えたところで遠くから声をかけられた。

「アンタって奴はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!????」

 …まぁ、その声の主よりも先に電撃が上条の元にやってきたのだが。

「あっ…ああああアンタね! 何で一緒に食事なんか取ることになってんのよ! 私と約束があったでしょ!!!」
「…お前な。だから昨日も言ったように話すなら年上の人や親にも一緒に聞いてもらった方がいいって言ってんだろうが」
「うがーーーーーっ! だから、それじゃ言いづらいって言うか…、その…」
「はぁ? あ。旅掛さんこんにちは。すみません急に」
「やぁ当麻くん。いやいや全然構わんよ。俺も美琴ちゃんも暇してたからね」
「じゃあ行きましょうか。そろそろ駅に父達が着くはずですので」
「わかった。…ほら、美琴ちゃん行くぞ。何あうあうしてんの」
「あうあうあう…」

 上条は御坂父子と落ち合うと、第七学区の駅を目指し歩き出した。
 上条さん的には家族だけで済ます食事なら第七学区で済ませばいいと思っていたが、御坂家も加わり結構な大人数になった為、第四学区にある有名中華料理店まで行こうと決めたのだ。しかしこれで向こう二週間はご飯に塩だ。同居人は小萌先生に任せよう…。
 上条一行は美琴を先頭に当麻と旅掛が後について駅に向かって歩いている。まぁ美琴が何やらブツブツ呪文の様に言って、不機嫌そうに早足で先に行ってしまうので二人で追っているという形なのだが。
 ちなみに上条が話す昨日の事とは美琴とのメールのやりとりの事。
 旅掛から半ば強引に食事に参加+上条御坂両家の前でもしかしなくてもすることになるであろう夢という名の電撃プロポーズチックな事に頭を悩ませ、耐え切れずに上条と連絡を取ろうとしたのだ。
 しかし、さすがはツンデレで恥ずかしがりやな美琴なだけあって直接電話をする事は出来ずにメールでやり取りをしたのだが、結局は上条にうまく丸め込まれてしまった。

「ごめんな当麻くん。美琴ちゃん何故か知らんが今朝から機嫌悪くてなぁ」
「いえ全然構いませんよ。むしろいつも通りなので」
「…なんか言った?」
「イイエ。ナニモ」
「おお怖い。昔はこんなんじゃなかったのになぁ。とっても素直で可愛かった…、あぁ。あの頃の美琴ちゃんはどこへ行ってしまったのか」
「…なんか言った?」
「イイエ。ナニモ」
「…ったく」

 旅掛は帯電しながら歩いていく美琴の後ろ姿に涙を流すと、懐から革製の黒いカードケースを取り出した。きっとこのケースは何かすごいブランド物で、お嬢様の美琴の父親なのだがら中にはカード類がぎっしりに違いない。
 しかしそんな上条の妄想は的を外れ、カードケースを開くとそこには小学校の頃の美琴の写真が収まっており、運動会なのか紅白帽子と体操服でパンを咥えて一生懸命走っている姿だった。

「へぇ…、御坂にもこんな時代があったんですね」
「…?」
「そうだよ。可愛いだろ? この時なんか『パパ! かけっこで一番取ったら褒めてね!』とか言ってくれちゃって…」
「ぎゃああああああああああっ!!!! そ、それを持ってくん――――」
「あはは。可愛いですね」
「なぁぁぁ…って、言ってくれちゃったり…なんなりって……、え…? あの…」
「ど、どうした御坂?」
「どうしたの? 美琴ちゃん」
「あ、ああああの…、かっかかかっ…可愛っ…」
「川? 川なんか通らねぇよ、遠回りになるじゃねぇか」
「いや、その…あの、あぅ…」
「???」

 美琴は上条の「可愛い」という言葉に超反応し、頭から湯気が出るんじゃないかと思うほど顔を真っ赤にさせ俯いてしまった。
 上条と旅掛は互いに見合って頭から大量の?マークを出しているが、時間が押し気味だったのでそのまま駅に向かって歩く事にする。
 美琴は暫くその場で動かなかったが上条が振り返ると目が合い、ビクッと体を強張らせていそいそを小走りで駆け寄ってきた。


 駅に着くと、既に刀夜と詩菜、美鈴が待っており旅掛の長身と派手な格好を見た美鈴が手を振って呼んでいるのが分かる。
 刀夜も詩菜も少し洒落た感じの服装だが、美鈴はシャツにスラックスと結構ラフな格好だった。

「いやー、お待たせしましたぁー」
「いや全然だよ。私達も今着いた所だからね。あ、御坂さんお久しぶりですな。また会えて嬉しいですよ」
「これはこれは上条さん。俺もですよ。いやいや、今日は当麻くんに無理を言ってしまって…」
「いえいえ。私達は全然。あ、紹介します。こちら妻の詩菜です」
「初めまして。当麻さんの母の詩菜です。美琴さんにはいつもお世話になって」
「これはこれは。私は美琴の父の旅掛です。いやぁ上条さん? 羨ましいですね、こんな若い奥さんなんて」
「…ちょっと、それは私が老けてるって言いたいわけ?」
「え? い、いやいや。そんなつもりは…。それよりその格好どうにかならんのか? 上条さん達はお洒落な格好してるのに」
「そう言うあなたこそとても食事に行くような格好じゃないでしょ? どこかのヤクザ者かと間違えられるわ」
「わっはっはっ。違いないな」
「あはは、そうでしょー」
「おやおや。夫婦円満で羨ましい限りですな」
「いやぁ…、上条さんの所には負けますよ」
「あらあら。ふふふ」
「…」
「…」
「なんか…、お前の所も大変なのな」
「言わないで、お願いだから」


 上条御坂一行は電車に乗ると第四学区へ向かった。
 電車内は休日もあってか少々混雑していたが、昼時な事もあって身動きが取れない程ではなく、第五学区になるとその車両の人が大学生が多かったのか結構な数が降りて座れる程になった。

「学園都市の大学はやっぱり外と比べると大きいし綺麗ね」
「そういえば御坂さんの奥さんは大学生でしたな。奥さんが大学生なんて…、御坂さん。あなたって人は――」
「あらあら刀夜さん? それ以上言うとアレをしますよ?」
「か、母さん…! もう言いません…」
「わっはっはっ。上条さんも奥さんには敵わないですか。ウチも実はそうなん―――」
「…なんか言った?」
「イエ。ナニモ」
「…ったく。そういえば美琴ちゃん。夢があるんだって? お母さんすごい気になってたんだけどさっ」
「ぶふっ! な、ななな何よ急にっ!?」
「あら。話してくれるんじゃないの? 当麻くんに聞いてほしいって言ったんだって? お母さんにも聞かせてよー」
「おぉそれそれ。昨日当麻くんに聞いて俺も気になってたんだ。何なんだ? 美琴ちゃんの夢って」
「えっ…えっと、その…あの……」
「ん?」

 美琴は美鈴と旅掛から問い詰められると赤くなって上条の方をチラチラと見始める。
 上条からして言えば何故こっちを向くのか状態なのだが、夢が自分に関係あると言っていたのを思い出し納得した。

「俺はいいからさ。言っちゃえば? 早く言った方が沢山アドバイス貰えるぜ?」
「そっ…それは……、で、でも…親の前だし……言いづらいって言うか…」
「はぁ? 何だよおまえ。今日必ず言うから絶対聞いてって自分から言ったくせに…」
「そ、それはそう…だけど、でも…あうあう…」
「こらこら当麻。そんなに言っちゃ可哀相じゃないか。まだ気持ちの整理がついてないのかもしれない」
「そうですよ当麻さん。そんな刀夜さんみたいに女の子を困らせちゃいけませんよ?」
「母さん…、もう許してください」
「まぁ…、俺はいいけどさ」
「うっ」
「………はっはーん」
「??? どうしたんだ?」
「くふふ。別に。美琴ちゃん美琴ちゃん。ちょっとこっちおいで」
「ふぇ? う、うん…」

 美鈴は空いてる席に移動すると美琴を呼び横に座らせた。
 美鈴も何やら上条の方をチラチラを見て、目が合うと笑顔で手を振ってきた事から多分美鈴には美琴の夢が何となく察しがついたのだろう。
 もちろんそんな事をされた美琴はこの上なく顔を赤く染めているのだが。

「美琴ちゃんの夢はさ…、彼に関する事でしょ?」
「かっかかかか彼っ!? か、彼って…だ、だだだだ誰の事よ?」
「こ、この子はこの後に及んでもまだシラをきりますか? 彼は彼よ、上条当麻くん」
「っ! そ、それは…」
「…違うの?」
「………違くない」
「うっふっふっ。でさでさ! その夢ってのはさ…、もしかして当麻くんのお嫁さんになる! とかじゃない?」
「だぁぁぁぁぁぁぁ! こ、声が大きいわよ! アイツに聞こえたらどうするのっ! そっそれに…何で知ってんのよ! あ、あれね! 何かの能力で私の頭の中覗いたのねっ!?」
「あ。ホントにそうなんだ」
「はっ! あ、その…あうあう」
「そっかそっか。じゃあ皆の前じゃ言いづらいわよねぇ。さすがに『わっ、私の夢はっ…、あっあああ…アンタのお嫁さんになることなのっ!』なんてねーっ! きゃーっ!」
「ぎゃあああああああああああああっ!!! もうやめてぇ! それ以上言わないで! 恥ずかしい! 恥ずかしくて死んじゃいそぉぉぉっ!」
「んんっ! …でもね、美琴ちゃん。安心して、私は美琴ちゃんの味方だから」
「……ふぇ? じゃ、じゃあ…二人っきりにさせてくれるの?」
「あっはっはっ。まっさかぁ! 皆の前で言わすに決まってんじゃん! 私は賛成よって事だけよ!」
「だぁぁぁぁぁ…」

「御坂と美鈴さん何か楽しそうだな。やっぱ親になら相談しやすいのか! うんうん。皆を呼んで正解だったな! いやぁ…、いい事したぁ」


 そんな賑やかな電車内からは反対に、風紀委員第177支部では緊張した空気が立ち込めていた。
 風紀委員の初春飾利と白井黒子、それに固法がいたのだが見回りという事で遊びに来ていた佐天が変わりモニターを見つめている。
 三人の少女は中学一年生とは思えない程真剣にモニターを見つめ、支部内はマウスのクリック音と時計の音しか聞こえない。

「(う、初春ぅ~…何だってこんな事しないといけないの?)」
「(うぅぅ…知りませんよそんな事。いきなり白井さんが…)」
「わたくしが何デスノ?」
「「ひぃっ!」」
「無駄口を叩く暇があったら一分一秒も早くお姉さまを見つけるんですの!」
「「は、はいっ!!!」」

 そのあまりの緊張感に耐えられなくなった佐天が初春に助けを求めたが、その刹那背後から声がかかる。
 振り返るとそこには鬼の形相をした白井が立っており、その圧倒的な威圧感からか二人の少女は言う通りにせざるを得ない。
 白井達の目的。それは学園都市の治安を守る監視などではなく、白井が慕う御坂美琴の現在位置を知る事だった。
 事が起こったのは30分程前、白井黒子の咆哮により始まった。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」
「…し、白井……さん?」
「どっどどどどどうしたんです…か?」
「おっ…おおおおおお…、おーいおいおい…」
「…」
「…壊れちゃったか」
「思い出しましたわっ!!!!!!!!」
「「…はい?」」
「今日は11月22日。つまりは『いい夫婦の日』じゃありませんの!!!!」
「は、はい…。まぁ…、世間じゃそうみたいです…けど?」
「ここ学園都市では『いい夫婦になる日』じゃありませんの!!!!!」
「は、はい…。まぁ…、誰が作ったのか知らないです…けど? 今学園都市じゃ有名ですよね」
「『その日に告白して恋人になればいい夫婦になる』ってネット上で書いてあったじゃありませんの!!!!」
「は、はい…。まぁ…、都市伝説みたいな物ですよ。誰かが面白半分でサイトに書き込ん―――」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」
「し、白井さん…。落ち着いてくださいよぉ…、一体なんなんですかさっきから…」
「おっ…、おおおっ…お姉さまは、お姉さまは今日…意中の殿方に告白する気ですわ……」
「「…」」
「「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!!!!!?????????」」

 と、そんな事があって現在に至るのだが、一向に美琴は見つからない。
 それもそのはずで今白井達が探しているのは第七学区。美琴は今絶賛移動中で第五学区第四学区間にいるのだ。
 白井はわなわなと焦りと嫉妬の炎を、初春と佐天はガタガタと恐怖と罪悪感で震えていた。


 そして場面を戻し上条御坂両家一行は第四学区の駅前まで来ていた。
 上条は昨日のうちに携帯で調べておいた中華料理店が近くにある事を思い出し、キョロキョロと周りを探している。徒歩五分と書かれてあったので、そう遠くはないはずだ。
 上条を先頭に大通りを歩く一行は学園都市では珍しく、注目(主に旅掛)を集めているが本人達は意識していないようでスタスタと歩いている。
 そんな先頭を行く上条の後ろ姿を見て美鈴は美琴に話しかけた。

「美琴ちゃんさ、なーんか変わったね」
「な、なによ? 別になにも変わってないでしょ」
「うぅん。なーんかさ、当麻くんを見る目が変わったわよね。前と比べてさ」
「ふぇ? な、なな…、なん…」
「大覇星祭の時も意識してそうだったけど、今じゃもう本当にメロメロって感じね。まぁお嫁さんになりたいくらいだもんね」
「だっ! だから…、言わないでよ……恥ずかしいんだから…」
「何がそんなに美琴ちゃんを変えたのかなぁー?」
「あぅ…」
「あはは。もうっ、真っ赤になっちゃって可愛いな美琴ちゃんはっ!」
「ちょっ、頭撫でないでよっ! 折角セットしてきたんだから!」
「あ。当麻くん見てるよ」
「え!? うそっ!? あわわわわわ、あうあうあうあう」
「う・そ♪」
「あうあうあ…。…こ、この……!」
「う、うわっ! 美琴ちゃん電撃は無しだって!」
「からかい過ぎなのよ! も、もう怒った――」
「おい、御坂」
「…ふぇ?」
「着いたから早く入れよ。って漏電してるし! 危ねぇなぁ」
「あ…」

 上条は美琴の頭の上に右手を乗せ電撃を打ち消す。
 先程美鈴に手を置かれた時は激しく抵抗した美琴も、美鈴に電車内から今まで上条の事でからかわれっぱなしだったので、そんな事をされては指一本動かすことは出来ないようだ。
 どうやら自分と美鈴が話してるうちに店に着いたらしく、目の前には大きな中華料理店があった。美琴もテレビや雑誌で見たことがあるくらい有名な店だが…、上条の財布は大丈夫なのだろうか?
 そんな二人のやり取りを美鈴はニヤニヤしらがら見ており、しばらくすると「あー。急にお腹減っちゃったー」などと超棒読みで店の中に入っていった。
 残された上条と美琴も店の中に入ろうとするが美琴に動きは無く、その場で俯いたままだ。
 今なら上条と二人っきりだから。
 今日この先こんなチャンスは少ないかもしれないから。

「あ、あの…さ」
「ん? どした?」
「アンタに…聞いてほしいことがあるの」
「え? あぁ、御坂の夢の事だろ? それならさっき美鈴さんに相談して―――」
「あ、アンタに聞いてもらわないとダメなの!」
「そ、そうか。でもまぁ…、とりあえず中に入ろうな?」
「だ、ダメ! 今じゃないと! 二人でいる時じゃないとダメなの!」
「そっ、そうは言っても…」
「聞いて。お願い」
「わ、わかった。わかったからとりあえず回れ右してみようか」
「へ?」

 そう言われ美琴が振り返ると、そこにはカップルや少し年のいっている恐らく先生であろう人達が美琴の後で並んでおり、まだかまだかと二人を凝視していた。
 どうやら上条たちがいる所は出入り口だったらしく、美琴がそこで微動だにしなかったため長蛇の列が出来てしまったというわけだ。さすが有名中華料理店。昼過ぎでもその時間を狙うお客さんは多かった。美鈴は美琴の為に気を使ったのではなく、後に溜まってきた人達を見て気まずくなって店の中に逃げていったのだ。
 美琴はそんな人達を見て「あは、あはははは。うわーーーーーん」と上条の手を取り店の中に入っていった。


 店の中は大小様々な丸テーブルが置かれており、壁や天井の作りもいかにも中華ですと言っているようだ。
 上条たちは受付で先に入った刀夜達を探すと、奥の方の席で軽く手を上げて呼んでるのがわかる。
 その席は既に席を二つ隣りあわせで空けられているだけで、右に上条家、左に御坂家となにやらお見合いでもするのではと思わせる。
 美琴は友達同士なら上条の隣は断固死守したいと思うが、ここ、このテーブルだけは隣に座るのは相当の覚悟が必要な気がしてならない。
 そんな美琴を横目に上条は躊躇いも無く席に座る。空いている右の席に。まぁこの席順を見れば左に座る人などいないだろうが。
 美琴も何時までも立ってるわけにもいかなかったので、顔を真っ赤にしながらも可愛らしく上条の隣に座った。

「じゃあ頼もうか。あ、当麻。今日はお前がご馳走してくれるんだったな。大丈夫なのか?」
「も、もちろんですよ。上条さんにかかればここの支払いくらい…、どれどれ?」
「あらあら。チャーハン一品で2300円。これは大変そうですねー」
「…」

 上条は懸命に財布の中に住んでる諭吉さんの数を思い出す。
 昨日ATMという高層マンションより何人か引越してきたばかりだが、居心地が悪いのか夕方にはレジに皆さん引越すようだ。

「いやいや、こんな孝行息子を持って上条さんは幸せですね。これは将来いいパパになりますよ」
「あっはっは。いやいやそんな」
「でも本当にいい子よね当麻くんは。ねぇ? 美琴ちゃん?」
「なっ…、何で私に振るのよ」
「あれー? 美琴ちゃんはそう思わないの?」
「そっそれは…その…、あの……ん?」
「え?」
「当麻…さん?」
「…」

 上条当麻はメニューを持ったまま白くなっていた。
 刀夜は上条に安否を確認するが、上条はただただ頷くだけだった。


 しばらくして各々の注文した料理が運ばれてくると、美味しそうな匂いが漂い食欲をくすぐる。見た目や匂いだけでなく味の方も最高で、この金額を出してもいいとさえ思える程だ。 
 刀夜や詩菜も楽しそうに会話をしながら食事している所を見ると、上条はこの企画を立ててよかったと思える。…財布の中身以外は。
 上条家と御坂家の親御さん達はとても相性がいいらしく、息子娘そっちのけで会話に没頭していた。
 上条と美琴も、一応は話しながら食事を取ってるが美琴が小さく「うん」としか言わないので上条が一方的に喋ってる状態になっている。

「ん? 御坂。ちょっとこっち向けよ」
「ふぇ? なっ…、なによ。いきなり…んにゃあ!?」
「へ、変な声出すなよ。鼻についたチリソース拭いただけだろ。…ったく、お前は夏休みの時もそうだったけど、もっと綺麗に食えないのかね」
「あ、あう…あうう…」
「何々当麻くん。夏休みの時何があったって?」
「あぁ、えっと…、何か御坂が恋人の…ふごっ」
「だああああああああああああっ!!! 言うなーーーっ! それ以上言うなーーーーーっ!!!!」
「ぐぐぐっ…、く、くるひ…」
「あらあら。仲がいいのね、当麻さんと美琴さん」
「あうあうあう」
「うぐぐぐぐ」

 そんな事もあってその後も食事は続いていった。
 美琴もようやくその場の空気に慣れ始め、笑顔が出てきたまさにその時旅掛と目が合い背筋が凍る感覚に見舞われる。

「じゃあそろそろ美琴ちゃんの夢でも聞いちゃおうかな」
「え」
「電車の中じゃ俺は聞けなかったからね。どんな夢か非常に気になるんだ、うん」
「ああああああの…」
「ふんふん。このエビチリ美味しいわね」
「…」

 美鈴はどうやら助けてくれないようだ。


 そして旅掛から問われた美琴であったが、先程の笑みは消え、また顔を赤くし俯いて黙ってしまった。
 上条も美鈴には言えて旅掛には言えない夢とは何なのか? と考えていたが、あまりにあうあうしてたので助け舟を出してあげた。

「あー…、旅掛さん。何か御坂の夢って二人じゃないと言いづらいらしくて…」
「…!」
「え? あぁ、そうなんだ。なーんだ、残念だなぁ聞けないのか…(まぁ後で当麻くんと問いただして聞くけどね)」
「そうみたいなんですよ。じゃあこの話は………ん?」

 そう言って上条は目の前にあったシューマイに箸を伸ばすが、服を美琴に引っ張られ箸を止める。
 美琴は何やらモジモジしているが、やがて意を決したようにかすれる様な声で言い出した。

「…いて」
「え?」
「今言うから、聞いて。いっ…、いつかは皆にも知らせるっていうか…、その…」
「え? いいの? …まぁ御坂がいいならいいけど。…で?」
「わ、私の……夢は」
「うんうん」
「あの…」
「…」

 周りの大人たちも何なのかと期待して次の言葉を待っている。
 美鈴だけはその内容を知ってるので、拳を強く握り「いけっ! そこだ! 言っちまえ!」と言わんばかりに口を動かしているが、美琴に注目が集まっているため誰も気付かない。
 その後暫く美琴は言葉を選んでいるのか俯いて黙ってしまったが、キッと上条を上目遣いで睨みつけ真っ赤な顔をして夢を語った。

「あ、アンタと…、ずっと一緒にいる事なの」
「…」
「「「「え?」」」」

 美琴の夢。それは上条当麻とずっと一緒にいる事。
 その告白に上条以下刀夜、詩菜、旅掛は耳を疑った。てっきり夢というのは将来なりたい職業とかを話すものだと思っていたから。
 しかし確かにそれを話すなら何故言いづらいのかが分からない。
 なるほど、こういう事なら何故美琴がなかなか話せないのかが分かった。と、頷いた。…上条当麻を除いて。

「えっと…、俺と? 御坂が? ずっと一緒にいる? それは一体どういう…」
「だっ! だから…! あ、あああアンタの…お嫁さんに」
「…………………………………………………………………………………………………………へ? 俺の…、よめ?」
「う、うん…」
「よめっていうのは…、その…奥さんって意味の…嫁?」
「そ、そう」
「父さんの母さんみたい…、な?」
「う、うん」
「旅掛さんの美鈴さんみたいな?」
「そ、そうだって言ってんでしょ! 何回も聞かないでよ! 恥ずかしいんだから!」
「じゃ、じゃあ…御坂の夢って……」
「そ、そうよ! 可笑しいでしょ! まだ中学生で、しかも恋人にすらなってないのにいきなりって思うでしょ! えぇそう思うなら思えばいいわっ!!! で…でもね! どんなに笑われようとこの夢を捨てる事は出来ないの! アンタは知らないだろうけど、私はアンタに自分だけの現実をぶっ壊される程惚れこんでるのよ! こんなのはもう病気よ病気! アンタの事しか考えられなくなるし、それにこんな初恋じゃこの先どんないい男が現れたってそんなのは眼中に入らないわ! だからこの恋を無駄にしたくないの! 一生育てて行きたいの!」
「み、御坂…」
「今日は『いい夫婦になる日』だから…。今日告白すればいい夫婦になるって…、だから…」
「…みさ――」
「私と…、付き合ってよ。その…、結婚を前提に…」
「…」

 今、このテーブル席の時間は完全に止まっているだろう。
 常盤台中学のお嬢様が、無名の男子高校生に結婚を前提に付き合ってほしいと。
 しかもそのお嬢様はその少年の事をこれ以上無いくらいに惚れこんでしまっていて、もうその少年以外はありえないと。
 傍からみたら最高にハイになるぶっ飛んだ告白だが、周りの目が如何せん恐ろしすぎた。
 美琴は全てを言い切ったように俯いてしまったし、美鈴はエビチリを摘んだ箸を持ったまま固まってるし、旅掛はテーブルに肘を乗せて自分の事を凝視してるし、刀夜は口を半開きにして目を見開いているし、詩菜は右手で口元を隠しているが美琴の夢語りに驚いているしで上条はどうしたらいいのか分からなくなってしまっていた。

「(一体…俺は今何をされたんでせう? 脳をフル回転してもとても演算が追いつかない…。御坂が…俺の嫁になりたいって? なんで? 自分だけの現実をぶっ壊すくらい惚れこんだから? だから結婚を前提に付き合ってほしいって? で、でも…御坂はまだ中学生だし、お、親の前で…こここここんな…。な、なるほど…確かにこれは二人っきりじゃないと言いづらい事だ!)」

 上条は時が止まっている間にある方程式を組み上げる。

 つまりは『御坂の夢=俺×御坂』って事か?
 つまりは上条美琴か御坂当麻という事だ。
 どちらを御坂は望んでいるのだろうか?
 いやいや、今の問題はそんなのではない。
 今の問題は、先程の方程式が成立するのかどうかの答え合わせをしないといけない。
 御坂は問題を出した。
 ならば俺はその問題に答えないといけない。
 御坂の夢=俺×御坂の俺の中には、俺の気持ちが関係している。
 俺が違う答えを出せば夢の方程式は成り立たず、御坂の夢は儚く散ってしまうということなのだろうか? などなど。

 上条は昨日と合わせて三度目の知恵熱を出し、声には出さないがうーんうーんと唸っている。
 それが時を動き始める切欠となったのか、上条に美鈴が語りかけた。

「当麻くん。美琴ちゃんは本気よ? 私達の前だからって遠慮しないでしっかりと答えてあげてね?」
「み、美鈴…さん。で、でも…上条さんの人生初の告白が結婚を前提にっていうのは…、いささかハードルが高いと言いますか何と言いますか…」

 その上条の言葉を受けて美琴が顔をゆっくりと上げた。
 美琴は顔を真っ赤にしたままだっかが、溜めていたものを全部吐き出してスッキリしたように真っ直ぐな目をしている。
 逆に上条の方がその視線にやられ、ドキっと胸を高鳴らせどうしたらいいか分からなくなったようにオロオロしてしまっていた。

「み、御坂…お前、本気なのか?」
「…うん。私はアンタと結婚したいくらい…、好きなの。だから付き合いたい」
「御坂…」
「当麻。これはもうここで答えるしかない。美琴さんは決死の思いで告白したんだ。これを棒に振るのかな?」
「と、父さん…」
「そうですよ当麻さん。女の子がこんなに頑張って告白したんですから、ちゃんと答えてあげないと」
「母…さん」

 しかし上条は答え云々よりも第一に恐怖を覚えていた。
 それは美琴にでも美鈴にでも刀夜にでも詩菜にでもない。そこにいる名前を聞かなければ恐らくスキルアウトのリーダーと勘違いするであろう御坂美琴の父、御坂旅掛に。

「…」

 先程から一言も話さずに自分の事を睨み続けてる気がする。

「…」
「(こ、怖ぇぇぇ…)」

 上条は視線を外しもう一度だけチラっと旅掛の方を見るが、バッチリ目が合った。
 そしてとうとうその男が動き出す。

「当麻くん」
「は、はひっ!」
「美琴ちゃんの事を…、娘の事をどう思っているのかな? 正直に思った事を言ってくれ」
「え!? えっと…、正直ビックリしたっていうのが本音です。御坂くらい可愛い子だったら俺なんかよりずっといい男見つけて幸せになれるのに何で俺なんだ…? みたいな感じでして」
「…」
「で、でも嬉しかったのには違いありません。俺告白なんてされた事なかったですし、こんなに真っ直ぐ告白されたら…、その、意識しちゃうと言いますか…」
「…当麻くん。それに…、上条さん、奥さん。本当はあまりこの事を言いたくは無かったんですが」
「御坂さん、わかってますよ。当麻の不幸の事でしょう?」
「……えぇ。当麻くんには不幸が付きまとっていると聞きましたが」
「確かに小さい頃からちょっとした問題はありました。しかし、当麻は以前私に幸せだったと言ってくれた。ですから不幸だなんて――」
「その通りだっ!!! 全然不幸なんかではなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!!」
「は、はいぃぃぃ!? 旅掛さん、それはどういう…」
「それはこの私が認めた男だからに決まってるだろう! 大事な一人娘をどこの馬の骨とも分からん輩に、はいどうぞと任せられるかな? 上条さんの事は知っている。とても素晴らしい人だ。妻も奥さんと仲がいいみたいだしこれ以上ないカップルだとは思わないかい? 両家公認という奴だ! よかったな面倒臭い挨拶とかなくて! わっはっはっ!」
「え…っと?」
「…と、言うワケで今すぐここで返事をしなさい」
「はあああああああああああああああああっ!!!????? た、旅掛さんまで…も、もっとこういうのは時間を置いてゆっくり……」
「当麻! 往生際が悪いぞ! さっさと答えんか! 他ならぬお前の父がこうやって…!」
「そうですよ当麻さん。あまり答えを先延ばしにすると、フラグとやらでいいづらくなる事があるみたいですから」
「母さん…、あの時は本当にすまなかった」
「当麻くん? 美琴ちゃんずっと待ってるのよ?」
「み、美鈴さん…。…御坂」
「聞かせて。アンタの答え」
「お、おお…俺は」
「うん…」
「俺はっ――――――」


 三時間後、上条御坂両家一行は第七学区のホームまで帰ってきていた。
 中華料理店の支払いは上条持ちで、顔をヒクつかせながら払っていた。案の定今の上条の財布部屋の諭吉さんはお引越しされたようだ。今人は住んでいない。桜が何個かあるだけ。
 上条は帰りには絶対にスーパーによって塩を買えるだけ買おうと心に決めている。

「ここまででいいよ。これ出るとまたお金払わなくちゃいけなくなるし」
「それじゃあ当麻、ご馳走様。本当に美味しかったよ。思い出の一日になった」
「当麻さん。ありがとう」
「当麻くん。すまないね、私達の分まで。昨日といい、また世話になりっぱなしで」
「あぁ、そういえば何で昨日コイツと一緒にいたのよ」
「裏通りで絡まれてるのを助けてもらってね。いやぁ、あの時の当麻くんは俺でも惚れ惚れするよ」
「…その人達もよくあなたに絡んだね。その格好だったんでしょ?」
「まぁ、うん。そうだね。あっはっは」
「はぁ…、ホントに昨日の夜は何事かと思ったわよ」
「しょうがねぇだろー、御坂の父親だなんて知らなかったんだから」
「当麻くん今日はありがとね! とっても楽しかった!」
「ははは…。ま、また余裕(なんて無いし出来もしないが)あったら皆さんの事呼びますんで」
「いやいや。今度は俺に奢らせてくれ。いつまでも借りを作りっぱなしなのは少々――」
「(…なるほど。確かに御坂は旅掛さんの娘のようだ)」
「ところで、当麻くん?」
「はい? なんですか、旅掛さん」

 11月22日いい夫婦の日。日本中の夫婦がずっと幸せでいられますように、という想いから作られたとても優しい幻想的な日だ。
 しかしここ学園都市では、八割が学生のためか「いい夫婦の日」と言われてもピンと来ない人が多い。
 そこである思い立った学生の一人がインターネット上で学園都市の11月22日を「いい夫婦になる日」と書き込んだのが全ての始まり。
 恋に敏感な中高生はもちろん、大学生や職員までその日は自分の恋人にプレゼントを渡したり、夜景が綺麗なレストランなどでその日を最高の思い出にしたりとバレンタインの様なイベントになる程学園都市では知らない人はいない日になっていた。
 「いい夫婦になる日」のコンセプトは、まだ年齢的に結婚は出来ずに夫婦にはなれないが、夫婦のように相手を思いやり普段は言葉に出しては気恥ずかしくなる『ありがとう』や『愛している』をカタチとして送り、バレンタインデーの告白の延長線上として迎え、約一年間の恋人生活を見直し、お互いもう一度初心に帰って幸せな生活を送ってもらいたいというものらしい。
 「いい夫婦になる日」は恋人の為の日だが、同時に「その日のうちに恋人になれればいい夫婦になれる」という都市伝説のようなものあるらしい、が。
 どうやらその都市伝説は――――

「これからは、いつでも『お義父さん』と呼んでくれ」

 どうやら本物のようだ。



【後日談】


 御坂美琴の電撃プロポーズ&上条御坂両家公認のお付き合いより一週間後の11月29日。美琴は上条の部屋で何やら怒鳴り散らしていた。
 上条はそんな美琴の前で肩を震わせながら、茶碗にたんまり盛られた塩かけごはん(+海苔)を持って正座している。
 どうやら美琴は上条に昼食でも作ってあげようと思って部屋に来たらしいが、そこに丁度昼飯時の上条と鉢合わせたらしい。

「アンタって奴は! 何か最近元気がないって言うか体調悪そうだと思ってたら…、こんな食生活で一週間も過ごしてたの!?」
「で、ですから…上条さんもたまには親にいい格好を見せたいと思う時もありましてですね。そ、それに米だけならあるし! 塩もたんまり買ったし!」
「そんなんで威張るなーーっ! 大体アンタはね他人の事を気遣うあまり自分の事を疎かにする―――」


  ――15分後――


「―――――――って事なの! 分かった!?」
「zzz…」
「寝てんじゃないわよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
「あばばばばばばばばばばばばばばばっ! あああああああああああ!!! な、なんて事するんだ! ご飯焦げちまったじゃねぇか!」
「アンタが人の話聞いてないからでしょうが!」
「はぁ。聞いてます聞いてますよ。ったく俺の嫁さんかっつーの。もぐもぐ…」
「っ! ………そ、そうじゃん」
「……そうだったな」
「ねぇ当麻。もっと自分を大切にしてよ。もうアンタだけの体じゃないんだからさ」
「み、美琴たん…! そんな誤解を招くような発言は外では絶対に控えましょうね?」
「…家の中ならいいの?」
「まぁ、上条さんのヒビが入った鉄壁の理性が壊れない程度なら」
「えへ」

 美琴は照れくさそうに笑うと、足を崩してあぐらをかいた上条の足の上に優しく乗った。痺れて痛そうだけど、そんな事は気にしない。

「えへへ…、当麻。大好き」
「…お前も人の話聞いてねぇのな」

「一体いつまで待たせるのよ、あの馬鹿はーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

 御坂美琴の怒りは頂点に達しようとしていた。
 今日は美琴が電撃プロポーズをした翌日の11月23日。美琴は婚約者上条当麻を公園の自販機前で待っていた。
 付き合い始めたのだから登下校も一緒にするの、という美琴の半ば強引な取り決めに前日混乱していた上条は未だ姿を現さない。もちろんこの自販機を通るのは上条だけではないので、美琴は人影が見える度に一喜一憂し一憂の後は辺りに電撃を撒き散らしている。
 通りがかった学生は自分が何か悪い事をしたかのようにブルブルと震え、そそくさと早足で逃げていく。
 美琴の出す電撃は相当押さえ込まれてるとはいえレベル5クラスなので仮に当たろうものなら気絶は間違いなしだ。このままでは上条が姿を現す前に自販機前に罪も無い学生の山が出来てしまう。急げ、上条当麻。学生の命運は君の両足にかかっている。
 …と、大げさに思っていた白井黒子は公園の木の陰から美琴の事を監視していた。
 白井の監視の原因。それは言うまでも無く上条当麻との関係なのだが、監視をするに至ったのには昨夜の出来事が関係している。


 前日の常盤台女子寮。
 美琴は上条と買い物(塩)をした後に別れて208号室に戻ってきていた。
 ルームメイトの白井は11月22日、学園都市では「いい夫婦になる日」に風紀委員の支部で美琴の告白を予感し、懸命に探していたが結局は見つからず仕舞だった。
 そんな白井が美琴を会ったのは同日の夜で美琴が常盤台の寮に帰ってきた今この瞬間だ。
 白井はもしもの時は申し訳ないと思うも、今日の恐らく起こったであろう美琴の告白の結果が気になり美琴に話かけようとしていたが、美琴の様子を見て思いとどまった。
 何やら妙にハイなのだ。
 美琴は208号室に帰ってくるなりベッドにダイブするし、その後枕を抱きしめたと思ったら今度は携帯を見て何やらニヤニヤしてるし、シャワーを浴びに行った風呂場からは鼻歌が聞こえてくるしと確実に成功したのを物語っていた。
 しかしもしかすると何か他にいい事があっただけなのかもしれない。
 そう思った白井は恐る恐る美琴に尋ねてみると、最初こそあうあうしていたものの暫くして返ってきた返事は予想を遥かに上回っていた答えだった。

「けっ、結婚を前提に付き合ってるの。今日アイツの親と私の親を入れての食事会だったんだけど…、そこで言っちゃった」

 白井はその言葉を聞いた時に、苗字と同じように真っ白になった。
 21日の夜の美琴を見れば翌日に何か凄まじいイベントがあるのは容易に想像出来たハズだ。
 翌日22日も朝の美琴はテンションが下がってはいたが、決してこれから起こる事が嫌な事でないことくらい美琴一筋の自分なら見抜けたに違いない。
 ただ一つ不覚だったのが「いい夫婦になる」という都市伝説があるのを忘れていた事。
 白井はしばらく目の前が真っ暗になり発狂していたが、思いのほか早く自我を取り戻した。そして今度は名前と同じように真っ黒になったのだ。

「(あの類人猿を消し去るしかありませんわ。お姉さまは…、お姉さまは黒子のものですのォーーーーーーーッ!!!!)」

 その夜美琴が幸せそうに寝ているのを横目に、白井はテーブルライトだけ点いた部屋で一人鉄矢に砥石をかけていた。明日起こるであろう上条当麻との決戦のために。

 
 そして今日11月23日。
 白井は普段より30分も早く寮を飛び出し足取り軽く登校している美琴を尾行(ストーキング)している。こんなに早く常盤台中学に行って何をしようというのか。
 しかし、どうやら行き先は常盤台ではないらしい。
 美琴は公園の自販機前まで一気に駆けていくと手ぐしで乱れた髪を直し、誰かを待っているようにキョロキョロと落ち着かない素振りを見せ始めた。
 そこで白井は確信する。美琴は今日抹殺予定の上条当麻を待っていると。あんなにも頬を赤く染めて…、キィィィィ! 許すべからず類人猿んんんんんんんんっ!!!
 茂みの中で隠れていた白井がハンカチを噛み千切ったのと同じ時に、美琴は電撃を撒き散らしていた。流石にこれ以上は被害者が出るだろうと思った白井は茂みから出て止めようとしたその時―――

「おーーう。御坂ー。おまたぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 能天気に上条当麻が現れたのだ。散々待たされたのか美琴は上条にレベル5の電撃をぶっ放す。
 上条は慣れてるとは言え、恐怖な事には変わらないらしく美琴のそれを打ち消すと猛ダッシュで駆け寄り命の尊さについて猛抗議した。

「お、おまえなっ! 出会い頭に電撃ぶっ放すなって何度言えば分かるんですかちくちょう! さすがの上条さんにも命というものは一つしかないかけがいの無い物でしてですね―――」
「うっさいうっさい! 今日から一緒に登下校するって言ったでしょ! のんびり行きたいからいつもより30分前にここに着くようにとも言った! それがなんでいつも会う(待ち伏せ)時間を15分もオーバーしてふごっ」
「まぁまぁ。落ち着いて御坂さん。これから上条さんが言い訳…じゃなかった、遅れた理由を言いますんで」
「ふごごごごっ…」
「まず第一に素で忘れていたというこぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
「…ぱぁっ! すっ、すすすすす素で忘れてたですってぇ!? あ、あああアンタって奴はっ……!」
「うおおおおおおっ!? みみみみ御坂さん落ち着いて! 話せば分かるっ!」
「分かるか! アンタそこを動くんじゃないわよ! 最近編み出した超電磁砲コイン4枚同時撃ちで両手足を根こそぎ打ち抜いて―――」
「待て待て待て! そんな事したらただじゃ済まされないですぞ!」
「アンタが最低なのがいけないんでしょうが! 喰らえっ――」
「わーーーーっ!!!! し、死んじゃう! 上条さん死んじゃうーーーーーっ!!!!」
「はっ!」
「…………………………あ、あれ?」
「し、死んじゃうのは…、困る」
「ええっと…? 御坂さん?」

 美琴は今にも溢れ出さんばかり(いや、既に溢れてはいたんですけどね)の電撃をしまうと、上条に抱きつき胸に顔を埋めた。
 わたくし上条当麻、女の子の柔らかさと香り、そして御坂さんの究極のツンデレに不覚にも頬を赤らめてしまいました。

「ご、ごめんな。たくさん待たせて…、明日からちゃんと時間通りにくるからさ」

 そして美琴の頭を撫でる。
 美琴はひとしきり撫でられると顔を離した。頬は上条よりも真っ赤に染め上げ、目はとろみが出ている。

「うん。待ってるね、えへへ」



 ビリビリビリビリビリッと白井はハンカチ(二枚目)を噛み千切りながらその様子を見ていた。
 美琴との待ち合わせ時間に遅れたのであろう上条は、美琴にガミガミと叱られている様だったが、上条が美琴の頭を撫でた瞬間に美琴の怒りはおさまったらしい。
 上条は抱き合った後遅れた理由として、頭を何かに噛まれたというジェスチャーとしている様だったが、距離を取っていた白井には会話の内容までは聞こえない。
 しかし…、上条と話す美琴は本当に幸せそうに見える。
 昨日カップルになりたてという事で少々ぎこちなさが残るが、自分ではあんな風に美琴を笑わせる事は出来ないだろう。
 ―――――が、今日の白井はどこか違った。打倒上条&愛しのお姉さま奪還を心に誓い、昨日泣きながら夜なべをして磨き上げた鉄矢を装備し、茂みから一気に駆け出した。

「上条当麻ぁぁぁぁぁぁあぁあああぁ! いざ尋常に勝負ですのォォォォォォォぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
「げっ!? し、白井っ!!!」

 上条当麻vs白井黒子。幻想殺しvs瞬間移動。
 白井自身を掴めば上条が圧倒的有利だが、その辺りは白井も熟知しており、間合いを取って攻撃してくる。
 瞬間移動で上条の周囲300度(残り60度は美琴に当たらないように)に放った鉄矢を出現させた空間攻撃は、不意をつかれた上条には全く反応できなかった。
 …が、その彼の隣にいた学園都市に7人しかいないレベル5の超電磁砲こと上条当麻の婚約者こと御坂美琴である。

「黒子! やめなさいっ!」

 美琴は、その鉄矢と地面とを磁力で引き合わせ攻撃を回避させた。この間1秒弱。

「ぐっ…な、なぜわたくしの攻撃を…!」
「アンタの生体電気で寮からここまでつけてきているのは分かってたの」
「流石ですわ、お姉さま…」
「黒子、何だってこんな事をしたのよ?」
「…」
「怒らないから。言ってごらん?」
「……寂しかったんですの。お姉さまがどこかに行ってしまうようで」

 白井はそう言うと美琴に抱きつきエンエンと泣き出した。
 美琴は何が起こったのかいまいちよく把握出来ていない上条の方をチラッと見るが、彼は失笑しているだけだった。

「…馬鹿ね。別に黒子の前からいなくなるワケじゃないじゃない。今でも黒子の事は大好きよ?」
「おねえだば…」

 そして美琴の説得もあって殺意が消えた白井は、上条と謝罪の握手を交わす。…ガムのついた手で。

「…。不幸だ…」




「お姉さま。上条さんに夢中になるのは構いませんが、くれぐれも学生として節度を弁えたお付き合いをなさって下さいな!」
「な、なによ黒子…。そんなの私の勝手―――」
「いいえ。付き合い始めて浮かれているからといって、平気で一線を越すお姉さまを知ったらご両親はどのような心中になるか!」
「はっ!」
「中学を卒業し、高校を卒業し、もしかしたら大学、院生まで視野に入れていたお父様とお母様は涙を流し…、うぅ…」
「あわわわわわわわ…、あうあうあうあう」
「確かに結婚は公認したが、しかし! しかしいくらなんでも早すぎるんじゃないだろうか! そんな事を止めれない上条当麻! そんな男に大切な愛娘を任せてはおけない、と二人の交際を無かった事に―――」
「ふにゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!????????」
「…分かってもらえましたか、お姉さま」
「く、黒子ぉ…ありがとう。私が間違っていたわ」
「いいえ。他ならぬお姉さまの為ですもの」
「黒子…」
「(一体さっきからこの子達は何の話をしてるのでせう?)」
「(ケケケケケ。猿がッ! そう簡単にお姉さまを独り占めはさせませんわ! とりあえず最低でも中学卒業まではお姉さまの貞操は安泰ですの)」

 上条は美琴と白井に二人の世界を築きあげられ頭をポリポリと掻きながら溜息を吐いた。
 ところで何か忘れているような…。

「……って、ゲッ! 登校時間ギリギリじゃねぇか!」
「ええええええええっ!?」
「あら、本当ですわね。後5分で遅刻ですわ」
「遅刻ですわ。じゃねぇよ! 急がないと遅刻―――」
「大丈夫ですの。わたくし、テレポーターですので。余裕で間に合いますわ」
「そうだった! 流石白井さん! たまには役に――」
「あら。上条さんは右手がどうとか言って効かないじゃありませんの。早く走った方がよろしいですわ」
「え」
「でわ、わたくし達はこれで。お姉さま。行きますわよ」
「ふぇ? ちょ、ちょっと待っ―――」

 そして美琴と白井は消えた。
 残された上条当麻。朝のホームルームまであと5分を切った。どんなに急いでももう間に合わない。

「不幸だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」

 それでも懸命に走る。
 いいぜ、あと5分以内で教室に着けないと言うのなら…まずはっ! そのふざけた幻想をぶち殺すっ!



「上条ちゃん! 遅刻はする! 課題は忘れる! ちょっと廊下に立ってるです! ついでに今日の放課後はみっちり個人授業です!」
「はい…」

 上条当麻の右手『幻想殺し』。
 それは異能の力なら神のご加護だろうと全て打ち消す事の出来る未知の能力。
 なので異能の力でない時間などは打ち消せるわけも無く、汗だくになりつつやっとの思いで着いた時にはホームルームが終わって一限目が始まったところだった。
 今日の一限目は小萌先生の授業だったので廊下に立っているだけで済んだが、体育担当のじゃんじゃん言ってる先生だったら校庭30周はかたいだろう。

「あ。メール着てる」

 上条は廊下に立たされてる間とても暇だったので携帯を取り出すと、新着メールが一通入っていた。送り主はもちろん御坂美琴である。


  Time 2010/11/23 08:38
  From 御坂
  Sub  遅刻しなかった?
  ―――――――――――――――
  いかにアンタと言えどあの距離を
  あと5分は無理でしょ?これに懲
  りて明日からはもっと早く来る事
  ね!

  あ、そうそう。
  今日帰りに、はっ、初デートする
  からね!ま、まぁアンタは遅刻し
  そうだから私がアンタの高校まで
  行ってあげるわ!何時に終わるか
  教えて!


 …と、メールでもどもってしまっている美琴の可愛らしいメール見て、上条は『バッチリ遅刻した。あと今日課外授業あるから遅くなるかも』と返信した。
 それを受け取った美琴は我を忘れて席を立ちクラスメイトの注目の的になるのだが、そんな事は上条は知る由もなかった。




 そんな事があった放課後、美琴は上条の通う高校の正門前まで来ていた。
 朝の事もあって美琴は上条に授業中何度かメールを送ったが、返って来たメールはあの一通だけだった。

「ったくあの馬鹿はっ! フィアンセからのメールをことごとく無視し続けるとはいい度胸してるわねっ!」

 などと正門で帯電しながら仁王立ちしている美琴に他の高校生は恐怖していた。
 本編でも学校名すら出ていない高校は、女の子といえど常盤台の制服を着ているだけでレベル3確定な能力者に勝てるわけもなくただただ目を合わせないように通り過ぎるだけだった。
 しかしとある男女のグループがそんな美琴に話しかける。

「んにゃ? あれ…、確か前にカミやんと一緒にいた…」
「ん?」

 そこには土御門と青ピ、吹寄に姫神の姿があった。デルタフォースも今日は上条だけがみっちり絞られてるので、帰っていいと言われたようだ。

「上条当麻ならまだ先生の個人授業を受けてるわよ。まぁ遅刻はするわ課題は忘れるわで当然の報いね」
「しっかしええなぁカミやんは。今は教室で小萌先生と。それが終わったらこんな可愛い子が校門前で待っててくれるんやから」
「ああああ、あの…」
「ところで。さっきあなたフィアンセからのメールとか言ってたけど。」
「ああ、それはオレも気になってたにゃー。一体なんなんだにゃー?」
「えええええっと…、あの、その…」
「…」

 そこで青ピは考える。フィアンセ、今日から一緒に下校、昨日、11月22日、いい夫婦の日………、はっ!

「まさか…、カミやんの奴昨日のいい夫婦の日でこの子に告白されたんとちゃう?」
「…」
「…」
「…」
「…」

 上条当麻の不幸体質は、その現場にいようがいまいが見境無く不幸を訪れさせるようだ。




 その頃上条は小萌先生の個人授業が終わり、机に伏せっていた。
 上条の脳は一日7限目分もの授業時間に耐えられるように出来ていない。と、言うか3限目と6限目で既に煙を上げていたのだ。
 1,2限目は何とか耐えられるが、3限目だけはどうしても耐えられない。それまで先生はわけのわからん英語みたいな日本語をぺちゃくちゃ喋ってるし、問題を指名しようとしてる先生とは必ず目が合って、それで解けなくて不幸になるしでもう…、もうダメだった。
 4限目は次が昼休みなので元気になれる。残り10分を切った何とも言えない時間帯は時が経つのが遅く感じるが。
 5限目も大丈夫。脳を使わないので。もちろん簡単な授業とかでは無く寝てるだけだ。食休み。寝るの大切。
 6限目も普段なら大丈夫な筈なのだが、今日はこの後にまた個人授業がついてくるので上条は頭から煙を上げていた。もしかしたら彼のあの髪型は勉強のし過ぎで爆発した頭なのかも。

「それじゃあ上条ちゃん。明日はちゃんと遅刻しないで来るんですよー? もし遅れたらまた個人授業ですからねー?」

 そう言って小萌先生はよちよちと教室を出て行った。
 上条はそこで携帯を取り出すと、美琴からの溜まりに溜まったメールに驚愕した。

「メール12件…、アイツも授業真剣に受けてないんだなぁ」

 上条は自分と美琴が同類であるのだとしみじみするが、決してそんな事はない。だって第三位だもの。真剣に聞かなくても大体は分かってしまうんだもの。
 上条は学校に美琴が迎えに来ている事を思い出し、ノートやペンケースを鞄に詰め込み教室を後にした。
 1時間くらい待たせているので恐らくは美琴は雷神になっているだろうが、ちょっとでも早く行くことにより雷神からの電撃が弱くなるのだ! …と、思いたい。
 猛ダッシュで校門に向かうと、案の定美琴はそこにいた。しかし何かが変だった。

「…御坂さん? お、おまた…せ?」
「あぅ…」

 美琴は顔を真っ赤にしてモジモジしているだけ。上条からして言えば助かったのだが、ここまで来るのに右手を差し出す予行演習を入念にしていたので予想外の反応に戸惑っている。

「ど、どうしました? 何かあったんでせう?」
「あ、あの…」
「ん?」
「明日の朝のホームルームは気をつけた方がいいかも…」
「???」



「かっ、カップルになったからにはまずは記念撮影よねっ!」

 そう言って上条の手を引っ張って来たのがゲームセンター。そこで記念すべきカップル成立後初のプリクラを取ろうとしていたらしい。

「女の子って何だってそんなに写真とかプリクラが好きなの?」
「ふぇ? わ、私は別に…た、ただ記念よ! き・ね・ん!」

 美琴はゲームセンターに着くなり色々あるプリクラ機からどれがいいかと入念に調べている。上条の事だから全部で撮ろうと言っても撮ってくれるだろうが、2回目からは確実にやる気の無い顔になるに違いない。
 上条も今や美琴の彼氏なので、彼女が楽しそうならそれでいいかと思い美琴の様子を見ているようだ。
 すると、あれでもないこれでもないと探している美琴にとって、運命的と言ってもいい程のプリクラ機を出会った。

「ゲコ太のデコレーションが出来る…! これしかない!」

 恋人の上条には及ばないが、同等クラスの愛を注ぐゲコ太のデコが出来るプリクラ機を見つけた美琴は、上条を中に押し込んでお金を入れた。

「あ、一緒に撮るなら俺も出すよ」
「ん? いいわよ別に。私が撮りたいだけだから」
「んー…、でもなぁ」
「えっとえっとサイズと…」
「聞いてないし…」

 上条が溜息を吐いているのを横目に、美琴はプリクラの撮影設定をどんどん決めていく。しかし全てを決め終わっていざ撮影という所まで肝心な事を忘れていた。

「あ、ポーズ決めてない! えっとえっと…、あ」

 一枚目はあうあうしている美琴を上条がジト目を使い見ているのになってしまった。プリクラは全部で五枚撮れるらしい。

「ちょ、ちょっと! 何かいいポーズないの?」
「そんな事言われましても…、こういうのはノリで撮るもんじゃないの?」
「ノ、ノリ!? じゃ、じゃあ…えいっ!」
「うおっ!?」

 二枚目は美琴が上条の首元に抱きついた瞬間に撮られた。
 ノリでやった美琴も、いきなり美琴に抱きつかれた上条も茹ダコのように真っ赤になっている。
 三枚目は二枚目と同じ構図だが、顔だけ真っ赤になっていた。二人は緊張のあまり動けなくなってしまっていたのだ。けしからん、もっとやれ。




「みっ、みみみみ御坂さん…」
「な、なななななによ」
「こ、このままじゃ…残りの撮影も全部同じ格好になってしまうのでは?」
「う、うん」
「うんって…、ち、違うポーズも織り交ぜた方がいいのではないでしょうか?」
「そ、そうね。でも…なんでか動けないの」
「なんですと? そ、それはどうして」
「ど、ドキドキしすぎちゃって…動けない」
「御坂っ…! お前こんな状態でそんな事言うなんて…! このままじゃ黒歴史をプリクラに残され末代まだ笑われる事に―――」
「ねぇ…、私もうダメみたい…」
「はいぃぃぃぃぃっ!? だ、ダメとか言うな! こっちがダメになりそうだ!」
「ん…」
「えええええええええええええええええええっ!!!!????? な、何でそこで目を瞑るんでせうっ!? せうせうーーーーーーっ!?」
「早くしないと…、もう四枚目だよ…?」
「がああああああああああああああああああああああっ!!!! み、御坂ァ…!」
「んー」
「………ごくりっ。い、いいんだな?」
「う、うん」
「で、では失礼して…、んー」
「………なーんて、ねっ♪」
「んぐっ!?」

 美琴は上条がキスする状態に成るや否や、頬を両手で挟んでカメラの方に強引に捻じ曲げた。
 その瞬間シャッターが押され、苦痛で顔を歪める前の、顔を真っ赤にしながらカメラに向かって唇を差し出す上条のドアップが撮影されたのだ。

「あっはっはっはっ! こっ、これは確かに黒歴史ね! こんなの見たら一生笑われ続けるわ! あっはっは!」
「て、テメェ…人の決死の思い&純情な心を弄びやがって…!」
「なによー、いいじゃんこれくらい。今までの溜まり溜まったツケだと思えばさ」
「ツケなんか付けた覚えはないんですけど!」
「うっさいわねー。男はそんな細かい事気にしないでいいの。ほら、もうすぐ五枚目よ?」
「…」
「そうねー、最後は…、んー…」
「…御坂」
「ふぇ?」



 出来事には攻守があり、攻める時は攻めて守るべき時にはしっかりと守る。そういう立ち回りが出来る人間が成功するのだ。
 先程の上条は守りに失敗し某デフェンダーのようにオウンゴールをしてしまったが、そのお陰でプレーは中断され今度はこちらからのキックオフだ。
 そう上条当麻の逆襲劇の火ぶたが切って落とされた。上条は美琴の両肩を掴むと真剣な眼差しで語り出したのだ。

「あああああああああの…!」
「御坂さん。上条さんはもう辛抱たまりません」
「そっ、そんな事言ってさっきの仕返しをしようってんでしょ!? そ、そんな手には乗らないんだからっ!」
「そっか。ダメか…」
「あ…」
「まぁダメなら仕方ないですよね。はぁ…、上条さんはとても悲しいです…」
「あ、あの…ホントに?」
「…本当です」
「じゃ、じゃあさ…その、あの…」
「んー」
「ふぇぇぇぇぇっ!? わ、私からなのっ!?」
「さっきは御坂さんが待ってたんで、今度は上条さんが待つ番だと思って」
「そっ、そそそそそそそれは…」
「早くしないと五枚目来ちゃうよー」
「じゃ、じゃあ。ん、んんーー…」
「………なーんて、むぐっ―――」

 どうやら上条当麻の攻撃陣はボールを持たずにただ走っていただけのようだ。
 いつのまに攻守が逆転したのか、上条は二失点目を喫した。否。この場合は1ゴールなのだろうが。

「んんっ、んー」
「―――はっ、はぁ…」
「み、御坂さん…」
「…えへ」
「みさっ――」
「ふにゃー」
「えええええええええええええええっ!!!????? 自分からしておいてええええええええええっ!!!????」

 これが五枚目にもバッチリ映されていた二人のファーストキスだった。
 しかし美琴が気絶してしまったのでこのプリクラにはデコレーションされる事なく、意識を取り戻した美琴はもう一度プリクラを撮ろうと哀願したのだった。




「今日は課題出たの?」

 上条と美琴はゲームセンターを出ると、バス停にて常盤台女子寮行きのバスを待っていた。
 今日は上条が帰るのが遅かったのに加え、美琴がさっきまで気絶してたのでそろそろ完全下校時刻なのだ。

「いや、今日は出てないけど。明日また遅刻しようものならまた個人授業だって」
「ようはアンタが家を早く出ればいいんじゃない。私が言ったのと合わせても一石二鳥よ。遅刻はしない、かっ…彼女と登校できる。完璧っ!」
「彼女ねぇ…」
「な、なによ。何か文句あんの?」
「だってさぁ世間の彼女様は愛しの彼氏に電撃飛ばしたりアンタ呼ばわりしないと思うのですが? その辺りどう思います? 彼女さま?」
「うっ…、それはアンタが」
「ほらまたアンタって。俺には上条当麻ってちゃんとした名前があるんですよ?」
「ううううっ…、かっ、上条…先輩?」
「……うわ。何か今鳥肌たったわ」
「なんでよ! こ、このっ…!」
「うわああああああ、お、落ち着け! その…なんだ、うん。当麻でいいよ、普通に当麻」
「とうっ―――」
「あ、あれ? 御坂さん?」
「ふにゃー」
「またかよ…」

 美琴がふにゃーとしたのと同時に女子寮経由のバスが来たようだ。
 上条は美琴をおぶるとバスに乗り込んだ。もちろん男が女の子を、しかも常盤台の子をおんぶしてバスに乗る光景は珍しいのか注目の的になっている。
 上条は真っ赤にまった顔を伏せ、いそいそと最後尾の席まで歩いていき美琴を座らせた。

「お、おい御坂。大丈夫か?」
「ふにゃー?」
「ダメか…」

 上条は女子寮の前までバスが来ると、またしても注目を浴び恥ずかしそうに降りていった。




「んっ…」

 美琴は上条がバスを降りた瞬間に目を覚ます。
 あ、そうだ。これからバスに乗って寮に…って、あれ? もう寮の前…なんで? って何か温かいわね…、ん?

「…」
「みーさかさーん。もう着きましたよー。起きてくださいよー」
「…」

 あれ。なに私。コイツにおんぶされてるんですけど。何かとっても温かくて気持ちいいんですけど。

「御坂さんってばー、ったく…」
「…」

 美琴はバス停から寮の玄関までの僅かな時間だったが、ちょっとだけ抱きしめる力を強め幸せな一時を味わう事にした。顔に触れるツンツンな髪の毛がくすぐったい。上条の体は服の上からだと想像出来ないようなガッシリとした体だった。

「えへへ」
「ん? あれ御坂さん。起きたの?」
「うん。でももう少しこのままがいい…」
「つってももう玄関先なんですが」
「中の扉まで連れてけー」
「…はいはい」

 上条は寮の二重扉の外側を頑張って空けると、インターホンが付いてる内側の扉まで来た。美琴はそこに着いても、しがみ付いてなかなか降りようとしなかったが、上条が「終点ですよ?」と言うと諦めたように上条から離れた。

「じゃあな、御坂。また明日」
「う、うん。明日は遅れないでね?」
「わかってるって。じゃあ、おやすみ」
「う、うん。…あ、メール! メール送るからちゃんと返してね!」
「はいはい」
「えへ。おやすみ、とっ…当麻」
「おやすみ、御坂」

 こうして上条当麻と御坂美琴の恋人生活一日目が終了したのだった。



 否。まだ終わっていない。

「お姉さまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

 寮のドアを開くと、白井がテレポートして現われ美琴にしがみ付いてきた。何やら相当に焦っているらしく顔は恐怖一色だ。

「ど、どうしたのよ黒子! 何かあったの!?」
「にっ、逃げてくださいましお姉さまっ…! あの方が…あの方が来ますわっ…!」
「あの方? …ん?」
「きっ、来ましたわっ! ひぃぃぃ…」

 白井が美琴の慎ましい胸の中でガタガタと震えていると、カツーンカツーンという音と共に寮の奥から眼鏡を光らせた寮監が現われた。

「白井ー…、ダメじゃないか。寮の中で能力の仕様は禁止だろう?」
「お、お姉さまっ…」
「へっ? 寮監? 逃げるって…私まだ時間内よね?」
「おやおや、御坂じゃないか。丁度良かった…うふ」
「え」
「いやぁ…、おめでとう御坂。何でも昨日の『いい夫婦になる日』で告白したら結婚まで前提に付き合えてるそうじゃないかぁ…いやぁ、目出度いな。ホントウニメデタイ」
「ふぇ? ど、どこでそれを…」
「そこで震えている白井がブツブツ一人で言ってるのを聞いてなぁ…」
「…黒子あんたっ!」
「ごめんなさいですのごめんなさいですの!」
「で、でもそれが…どうして?」
「私は未だに恋人も出来ていないんだよぉ…。やっと好きになった人もあろう事か私よりも遥かに年上の熟女好きだったとは…、くふふ」
「…」
「悲しい…。私は悲しいよ、御坂、白井…。今日は就寝時間は気にしないでいいから朝まで私の愚痴を付き合ってはもらえないか?」

 どうやら上条当麻の不幸がちょっとだけ美琴にもついてきたようだ。
 その夜、美琴が上条にメールする事は無かった。




 翌日。今日は昨日とは反対で上条が美琴の事を自販機の前で待っていた。

「あんの野郎ォ…、俺には遅れるなとか言っておいて自分で遅れるとはいい根性してるじゃねぇかァ…」

 上条はイライラして待つも、美琴のように電撃を撒き散らす事は出来ないので携帯で昨日の昼間着た美琴のメールを読み直していた。
 一通一通のメールでご丁寧に題名は変えてるし、ここでは表現出来ないが可愛らしい絵文字もたくさん使っている。まぁそれに返信する上条のメールはたまに顔文字がある程度の真っ黒なメールなのだが。
 そして上条がメールを読み直していると、ドドドドドドという地鳴りと共に御坂美琴が現われた。美琴は猛スピードでコーナーを曲がる為、遠心力に耐え切れなくなった体は大きな弧を描くが、備えてある街灯と自分とを磁力で引き合わせ最短の距離で近づいてくる。
 道行く学生も上条も、そんな美琴を口を開けて眺めていた。

「ご、ごめん。寝坊しちゃって…」

 美琴は上条の前まで来ると、何事も無かったように乱れた髪を直してそう言った。
 どうやら俺は時間に間に合おうとする気持ちが足りなかったのかもしれないな。このくらい全力で駆けて来ないと間に合うものも間に合わないというものだ、うん。

「…? ど、どうかした? もしかして、遅れた事怒ってる?」

 上条がそんな事を思ってると、美琴は不安そうに上条の顔を覗きこんできた。
 美琴も昨日あれだけ騒いでおいて自分が遅刻するなんて、と思ってはいたが昨夜は夜中三時まで寮監と楽しい(?)お話タイムがあったので寝たのが四時前だった。

「うぅ…、ご、ごめん。昨日あまり寝てなくて…」
「へっ? いや、まぁ…まだいつもの時間だからさ。遅刻にはならないからいいよ。うん」
「ほんと?」
「あぁ。上条さんも勉強させてもらいました」
「???」

 なので上条はそんな美琴を許してあげる事にした。




 二人は公園を出ると、上条の高校と常盤台中学までの分かれ道まで一緒に登校する。
 昨日は何だかんだ言って待ち合わせはしたが、白井が美琴を瞬間移動で連れて行ったしまったから一緒に登校は出来なかった。美琴は付き合う前には、上条の事を追いかけたり待ち伏せしたりなどと一緒に登校していたが、肩を並べて楽しく話しながら…なんてのは初めての体験だった。

「(あうあうあう…)」

 美琴は上条との登校が気持ちよくてあうあうしながら頭からプスプスと煙を上げているが、何とかふにゃー化するのは抑えている。

「そういやさ、今日のホームルームで何があるって?」
「ふぇ?」
「昨日言ってただろ? 明日のホームルームは気をつけろって」
「あ、あー…、それは…、その…」
「ん?」
「昨日ね、アン…と、当麻を待ってる時ににゃーにゃー言ってる人と関西弁の人とおでこな人と黒髪の人に会って」
「…土御門と青ピと吹寄に姫神か。んで?」
「……言っちゃったの」
「言った? 言ったって…何を?」
「その…、つ、付き合ってる事…とか?」
「ぶっ! お前何て事を―――」
「い、いいでしょ別に! 何も悪いことしてるワケじゃないんだから!」
「いやそれでもですね。男の友情と言うのは固く結ばれているが、脆く儚く消え去ることもあるというとなんというか…」
「はぁ?」
「……ん? とか? お前まさか結婚前提って事も言ったんじゃないだろうな?」
「…」
「…」
「…えへ」
「…………不幸だ」

 上条はこれから起こりえるであろう恐怖の時間に顔を青くする。
 それは血と涙に染まる教室。いや、しかし諦めるな。諦めたらそこでうんたらかんたらだ、うん。
 上条は美琴と別れると力強く歩きながら学校へ向かった。その日『上条当麻』は死んだ―――、そうならない為に。生きるために。




「判決を言い渡す。被告人は起立せよ」
「はい…」

 上条は今裁判所と言う名の教室にいる。
 廊下側に二組、窓側に二組、中央に一組ある机椅子。そして他の机はご丁寧に全て廊下に出されており、残りの椅子は教室の奥の方に綺麗に並べられていた。
 その椅子一つ一つにクラスメイトが鬼の形相で座ってるし、検察側からは土御門と姫神に睨まれるし、裁判長の青ピは妙に役に入ってるし、弁護側には誰も座ってないし、黒板にはでかでかと『カミやん病事件』と書かれているしで色々と不幸だった。
 この裁判所は三審制で第一審、第二審共に上条は死刑判決だった。もちろん上条は控訴、上告を行ったのだが「上告理由にあたらない」とワケの分からん事を言われて第三審の裁判は却下された。ちなみに一時間目は都合のいいように自習だった。上条にとってはこの上なく都合悪いが。

「もう一度だけ聞きます。被告人上条当麻は、その恋人と本当に健全なお付き合いをなさっておるんですか? 結婚の約束までしておいて?」
「そ、それだけはハッキリと自信を持って言えます。俺達は何もやましい事をしているワケでは無く、一学生として節度あるお付き合いを―――」
「嘘ばっかつくんじゃないにゃー! オレはカミやんの隣の部屋だからよぉく知ってるぜぃ! 昨日の夜はうるさくて寝れなかったにゃー!」
「土御門テメェーーーーッ!!! よくもそんな嘘偽りデタラメをっ! デルタフォースの結束はどうしたーーーーッ!!!」
「うるせぇにゃーカミやん! そんなもんはとうの昔に崩壊したぜよっ!」
「11月22日だったら私もメール送ったのに返事が無かった。」
「私もよ!」
「私も!」
「私だって!」
「あたしもそうよ!」
「(上条ォ…!)」
「いやそれにつきましては本当に申し訳無いの一言なんですよ。マナーモードにしててですね? メールに気付いたのが次の日の朝でですね」
「そんなの信用出来ない。私達のメールを無視し常盤台の子と宜しくやってたに違いない。」
「たっ、確かにその子といたのは事実ですけど…」
「酷いよ上条くん! 私にあんな激しくしておいて!(危ないところを助けてもらっただけだけど)」
「えぇっ!?」
「私の事は遊びだったの!? うぅ…(買い物袋持ってもらっただけだけど)」
「はいぃぃぃっ!?」
「駄フラグ駄フラグ言ってたからカミやんの事信じてたのに…」
「つ、土御門…」
「はいはい静粛に。ここは一つ、もう一度あの方に決めてもらいましょ」
「…」
「吹寄! 助けてくれぇーーーーーーっ!!!」

 どこにいたのかあの方こと吹寄制理は、長い髪を払い上条の前に立った。

「確かに上条当麻には情状酌量の余地はあるわ。男女の交際は本人達の自由だしね」
「さ、さすが吹寄委員長! 話が分か―――」
「でも」
「る?」
「死刑」
「「「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」」」」」」」」」」
「不幸だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!」




 そんな事があった放課後、上条当麻はトボトボと校門へ向けて歩いていた。
 一限目の『カミやん病事件』は第二審で死刑判決が下されボコボコにされると、昨日撮った美琴とのプリクラを携帯に送った待ち受けを見られて再度ボコボコにされた。
 …という展開にはさすがにならなく、小萌先生がどこからかやってきて止めに入ってくれたのだが、今の今までクラスメイトにしつこく質問攻めにあってクタクタになっていたのだ。

「あ。と、当麻ー」

 上条が校門まで着くと、そこには既に美琴が待っており上条を見つけると元気に走り寄ってきた。

「きょ、今日は早かったわね」
「…御坂たん」
「ふぇ?」

 上条は美琴が来るなり優しく抱きしめた。今まで一緒にいたクラスメイトが悪魔なら、彼女の美琴は天使や女神様に見えたのだ。

「ああああああああのっ! その…、あうあうあう」
「御坂たん。御坂たんだけだ、上条さんに優しいのは…うぅ」
「ふぇ? あ、や、やっぱり…朝ヤバかったの?」
「はい…」
「ご、ごめんね。私が余計な事言わなければ…」
「いやいや。まぁ何だかんだで皆にも分かってもらえたんで大丈夫ですよ」
「皆? い、一体何があったのよ?」
「実は―――」

「―――てな事がありまして」
「ちょ、ちょっと待って! 色々聞きたい事はあるけど、アンタ一体何人の子からメールなり電話なり貰ってたのよっ!?」
「10人くらい?」
「…」

 美琴は恐怖した。この手を離したら一瞬にして他の女に上条はかっ去られるという恐怖感に。
 そしてそんな女の子に心の中で謝りつつも、御坂美琴は上条当麻を一生愛し続けると再度固く誓ったのだった。

「そんな心配する必要はねぇだろ。あんな激しい告白されて、上条さんはもうメロメロですよ」
「えへへ。嬉し♪ でもあまり告白の事は言わないで。思い出しただけでも恥ずかしくて死んじゃいそうだわ」

 そう言って美琴は上条の胸に真っ赤になった顔を埋めた。もう二人は立派なバカップルなようだ。

 12月23日。御坂美琴は上条当麻の婚約者になりました。そんな噂が彼等の知人友人に知られてから一ヶ月が経つ頃、御坂美琴はもうすぐクリスマスという事で、常盤台の寮にて彼氏である上条当麻へのプレゼントを編んでいた。
 自分が好きなゲコ太の緑をベースにした可愛らしい手編みのマフラーだ。
 もちろん模様も忘れずに。マフラーの両端にも「とうま」「みこと」と赤の毛糸で編み込まれてれおり、首に巻きつけるとその二つの名前がくっつくようになっている。
 こんないかにもバカップルですよと宣言しているようなものを上条が恥ずかしげも無くつけるわけはないのだが、美琴は今や上条の彼女なので彼の弱点は付き合って三日で見破ったいた。
 それは押し。上条は押しに滅法弱いのだ。
 付き合って初めての映画館のデートでは美琴の見たい『劇場版ゲコ太―孤島の大事件! 髭を剃られたゲコ太男爵―』というタイトルからしていかにも危険な映画も、美琴の涙を溜めた上目使い&優しいハグ攻撃でイチコロだったし、上条の部屋に遊びに行った時も門限の時間が近くなっても帰りたくないと抱きしめればちょっとだけ長くいさせてくれた(まぁ結局は帰らされるのだが)。
 そんな事を思い出してはニヤニヤしていると、突然携帯が何かを受信したのかゲコ太の目がキラキラと光出し着信音を奏でた。
 この着信音は電話だが上条からではない。美琴は付き合って一週間で携帯がなる度に一喜一憂してしょうがなかったので、上条だけ違う着信音にしたのだ。
 美琴は「この忙しいのに誰よ?」と不機嫌そうに携帯と持つ。恐らく上条からなら編んだマフラーが解れてもいいから投げ出し携帯に飛びつくだろうけど。
 携帯を見てみると、そこには『母』と表示されており、また何か変な事でも考えてるんじゃないのかと鬱になった。

「もしもしー? 何よ、今忙しいんだけど?」
『やっほー、美琴ちゃん♪ そんなつれない事言わないでよぉ。マフラーなんかいつでも編めるでしょ?』
「ぶふっ! なっ…、何で知ってるのよ!? まさかどこからか見てるんじゃ!?」
『ふっふっふっ。美琴ちゃんの考えてる事なんかすぐに分かっちゃうのよ。当麻くんにクリスマスプレゼントって事で編んでて…、多分そのマフラーは緑色でしょ? で、赤で「とうま」とか「みこと」とかって入れてるんでしょ?』
「なっ…、なななな……」
『あら、正解なの? あっはっはっ。美琴ちゃんらしいなー』
「う、うっさいわね! 用事は何なの!? 用が無いなら切るわよ! じゃ―――」
『あれー? いいのかなー? 当麻くんに関する事なのになぁー』
「とう…ま?」
『どう? 気になるでしょー?』
「ぐっ」

 美琴は携帯から発せられた『当麻』という言葉に興味が沸いて沸いてしょうがなかった。
 だっ、だって…わ、私の彼氏の名前だし? べ、別に知らなくてもいいんだけど知っておいて損は無いというかごにょごにょ…、と付き合っても当人以外はツンデレキャラは崩せないようだ。



「で、何なのよ? 当麻がどうかしたの?」
『実は…、美琴ちゃんには黙ってて言われたんだけど……』
「え?」
『当麻くん。今度引越すことになったらしいのよ』
「……うそ」
『美琴ちゃんにはこの前の事もあって言いづらいって…、だから―――』
「う、うそよ。そんなの…。当麻が引越しちゃうなんて…。だってだってやっと恋人になれたのに…、うっ、うぅ…」
『……まぁ冗談はこれくらいにして本題なんだけどね?』
「うっ、うぅ……。…う? じょう…だん?」
『冗談に決まってるじゃない。そんな話があったら、当麻くんは真っ先に美琴ちゃんに知らせるでしょ?』
「……こ、この馬鹿母っ…! よくもそんな笑えない冗談をっ…!」
『み、美琴ちゃん落ち着いて! 話せば分かるから!』
「うっさいうっさい! もうホントのホントに怒ったんだか―――」
『ほっ、本題って言うのは年末年始に上条さんの実家で当麻くんと二人で暮らして欲しいって事なの!』
「らぁぁぁぁぁ…って、え? 今なんて?」
『だーかーらー。年末年始実家に帰ってくるでしょ? 先月美琴ちゃんの激しい告白があったから元旦は両家で年越そうって話があってさ』
「そ、それが私が当麻の実家で暮らすのとどんな関係があるのよ?」
『上条さんと話して旦那さんと詩菜さんは御坂家に遊びに来てもらう事になったの。短い間だけど新婚生活を味わって貰おうかなぁーって思ってさ。お母さんナイスアイデアじゃない? どうせ当麻くんの事だから門限近くなったら帰されちゃうんでしょ?』
「……あっ、ああああアンタって奴は!」
『嫌?』
「さっきはごめんなさい。私が短気でした」
『あはは、いいのいいの。私の方こそごめんね~。美琴ちゃん可愛いからついからかいたくなっちゃってさ』
「えへへ。もぅ、お母さんったら♪ えへへ」

 御坂美琴が上条当麻の事を知り尽くしてるのなら、御坂美鈴もまた美琴の事を知りつくしてるのだ。美琴の思考、行動、喜怒哀楽は手に取るように分かる。流石は母だ。母強し。

『でも美琴ちゃん?』
「えへへ…へ? な、なに?」
『お父さんはまだ孫は早いってさ』
「まっ―――」
『私は賛成だけどねー』
「まごっまごっまごまごまごっままままままま…」
『あ、あれ? 美琴ちゃん? 美琴ちゃん?』
「ふにゃー」
『美琴ちゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!!』




 今日から冬休み。
 付き合って1週間で発覚した上条当麻2週間塩ご飯計画も美琴の手により1週間で廃止になり、季節は寒くなっていく一方だが上条は心身共に温かくなっていった。
 この一ヶ月は本当に濃い一ヶ月だった。愛しの上条当麻とは結婚を前提に付き合えてデートも沢山出来てるし(3週目から)、彼もクラスメイトと和解(時々千切った消しゴムが飛んでくるらしいけど)したし、何より嬉しいのは上条が自分の事を美琴と呼んでくれてる事。もちろんここで紹介出来ない程まだまだ沢山あるのだが、ラブラブカップルの私生活を丸裸にしてしまうのは少々無粋なのでやめておこう。…いや、手抜きじゃないよ?
 しかし上条が美琴の事を「御坂」から「美琴」にするきっかけとなった、ちょっとした珍事件だけを紹介します。

 上条と美琴が付き合って5日後の11月27日。今日は珍しく上条の方が学校が早く終わったので、公園で美琴の事を待っていた。美琴は上条の高校まで足を運ぶのだから上条も常盤台中学がある学舎の園まで行くと言ったのだが、その辺りには女の子しかいないし色々と問題やフラグを起こしそうなので美琴が自分から公園で待っててと言い出したのだ。
 上条はベンチに腰かけ自販機で買ったザクロコーラを飲んでいると、公園の入り口から最近は見慣れた常盤台の制服に短髪の少女が入ってくるのが見えた。
 その少女こそ上条の彼女でもあり待ち合わせをしている相手、御坂美琴―――

「こんにちは。と、ミサカは久しぶりの登場に頭を下げます」

 ―――ではなく、妹達の御坂妹だった。
 手には黒猫が抱えられており、猫なのに「いぬ」と名付けられたその黒猫は上条を見るなりにゃーにゃー鳴き出した。夏休みの事を覚えているようだ。可愛い奴め。
 上条は御坂妹に挨拶すると今はここで姉の美琴を待っているのだと伝えた。今は付き合っている事も。

「そうなのですか。お姉さまの告白を…。と、ミサカは少々驚きを隠せませんがお姉さまの夢が叶ったみたいなので嬉しく思います。と、ミサカは再三に渡り出来る妹をアピールします」

 御坂妹は小さく笑うと、姉の幸せを素直に祝福してくれているようだった。
 しかし事件はこの次の御坂妹から発せられた言葉が切欠となって起こったのだ。

「そういえばあなたの夢は見つかりましたか? と、ミサカは以前の問いを再度あなたに問いかけます」
「夢? あー…、夢ね。えっと…」
「安心してください。ミサカの夢はあなたの夢を守る事ですが、あなたがお姉さまと幸せに暮らしたいと言うのであればそれを全力でお守りします。と、ミサカは健気さを全面的にアピールします」
「まぁ…、うん。恥ずかしいんだけど今の夢は―――」
「今の夢は?」

「『御坂』と一緒に笑って過ごす事かな」

「みっ…」
「…………あ、あれ?」
「(『ミサカ』と一緒に笑って過ごす事が夢…。と、ミサカは再度この方の夢を再確認し再演算します。しかしこの方は既にお姉さまとお付き合いをしていますし…、つまりは姉妹セットでご購入と)」
「御坂妹さん?」
「あ、いえ。不束者ですが宜しくお願いします。と、ミサカは頬を染めて体を預けます」
「へっ? あの…、な、何を――――」
「しとるんじゃアンタ達はーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!??????」
「あ、お姉さま」



 上条の不幸が呼んだのか、御坂美琴は御坂妹が上条に寄り添ったという今しかないタイミングで現われ電撃をぶっ放した。奇跡的に御坂妹は上条の左側にいたので幻想殺しの右手を差し出し電撃を打ち消す事は出来た。もし御坂妹が自分の右側にいたら…と、考えるとゾッとするので上条は考える事をやめた。
 美琴は猛ダッシュでベンチまで駆けて来ると、上条の制服の胸元を掴みガクガクと前後に激しく揺すり怒りをぶつけるのだった。これは浮気の現場よ! ここで強く行かないと後々面倒な事になるわ!

「アンタって奴はーーーっ!!! わ、私というフィアンセがいるにも関わらず妹にまで手を出すって言うのかーーっ!? そんなに妹って響きがいいのかーーーっ!?」
「なっ、何を言って…、やめっ…」
「何を言ってるのか分からないっての!? じゃあ聞くけど何で妹がアンタに頬を染めながらぴったりと寄り添ってたのよっ!!!」
「そ、それは―――」
「それはこの人の夢がミサカと一緒に笑って過ごす事だからです。と、ミサカは荒くなっているお姉さまに冷静に答えます」
「ですねって、御坂妹、お前な。恥ずかしいって言ったじゃねぇかよ…、ってあれ?」
「…」
「…御坂さん?」
「…うそでしょ?」
「え?」
「嘘よ嘘でしょっ!? 何で!? 私の事嫌いになっちゃったの!? 電撃でビリビリするから!? 当麻ってまだちゃんと呼べないから!? 私は…、私は…!」
「お、落ち着け御坂。お前さんはさっきから何を言って―――」
「ふぇぇぇぇぇぇん! もうビリビリしないからーーっ! 当麻ってちゃんと呼ぶからーーっ!! お願いだから捨てないでーーーーーっ!!!!!!」
「ぎゃーーーーーーーーーーーーっ!!!! だから落ち着けって言ってんだろうがーーーーーーーっ!!!!!」
「…。と、ミサカは身の危険を感じるので無言でこの場を立ち去ります」
「あ! み、御坂妹! お前な!」
「ふにゃーーーーっ! ふにゃにゃーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」
「あーもう! 静かにしやがれ美琴たん!」
「みこっ―――」
「美琴たんは何か大きな勘違いをしている。まず第一に上条さんはお前の事を嫌いになってなんかいない」
「で、でも…当麻の夢は妹と笑って過ごす事だって……」
「はい? あー…、御坂と笑って過ごすってのはお前とだよ。御坂美琴と笑って過ごすって事」
「わ、私ぃ…?」
「あぁ。前にも言ったけど上条さんは御坂さんにメロメロですので大丈夫なんですってば」
「じゃ、じゃあさ…その」
「ん?」
「わ、私の事美琴って呼んでよ…。ま、また勘違いするといけないでしょ!」
「え? あー、まぁそうですね、うん。じゃあ…美琴?」
「うん! えへへ」

 ………。

「美琴」
「なーに? 当麻ー」
「なぁもうそろそろ…」
「いや」
「はぁ…、美琴たーん」
「たん言うなー」
「美琴ー」
「ふにゃー」

 これが上条が美琴の呼び名を変えた珍事件。美琴はベンチで上条の隣に座ってぴったりと寄り添うと、気が済むまで愛しの彼に自分の名前を連呼させ続けるのだった。
 ところで御坂妹が妙に身を引くのが早かったのには理由があったのだが、公然といちゃいちゃしてる二人には知る由もなかった。




 そして時を戻し、来る12月24日のクリスマスイブ。
 上条と美琴にとってはカップル成立後初のイベントデーで、何をしようかと前日遅くまで電話で話し合っていたらしい(もちろんルームメイトの白井は学園都市製の最先端耳栓を装備)。
 冬休みに入っている事もあり、時間に余裕があったのでクリスマスプレゼントのマフラーも完璧な仕上がりだ。
 今日は昼に公園に集合しすぐにマフラーを巻いてもらう。その後は昼食を取ってショッピングしたり映画を見たり、夜にはクリスマスイルミネーションされた街中を手を繋いで一緒に歩き、最後は大きなクリスマスツリーの下でふにゃーなどと恋人モード全開な展開を美琴は期待していた。
 しかし、当日の昼になっても上条はなかなか公園に姿を見せない。約束の時間を30分…、一時間と過ぎても一向に姿を現さず、連絡も来ない。

「うぅ…、何やってんのよ。当麻ぁ…」

 美琴は半泣きになりながら何度も上条の携帯に電話やメールを送ったが、電話に出る気配も無ければメールが返ってくる気配もない。
 彼の性質上何かしらの事件に巻き込まれてしまったのだと頭をよぎり、どうしたものかどうしたものかと自販機の周りをぐるぐる回っていると携帯が鳴り出した。
 上条からの連絡かと期待したが、着信音を聞く限り彼では無いらしい。
 待ち受けには番号は載っているが、名前は出ていない。登録されて無い番号からかかってくるとか不幸の前触れだった。

「も、もしもし…?」
『もしもし? 第七学区の○○○病院ですが。御坂美琴様でしょうか?』
「は、はい。そう…ですけど」
『実は今こちらに上条当麻さんが運ばれてきたんですけど、彼の携帯があまりに鳴るもので失礼だと思ったのですが―――』
「と、当麻っ!? 当麻は! 当麻に何があったんですか!? 何で病院なんかに――」
『み、御坂さん落ち着いて。彼は学生寮の階段で足を滑らせただけですので』
「かい…、だん? ………………………はぁ、何やってんのよホントに」
『今先生が上条さんの事を治療してますので。御坂さんに一刻も早く安心させてあげてと言われてお電話をしたんですよ』
「そ、そうなんですか。すみません色々…、では今からそちらに伺いますので」
『はい。御坂さんも急ぎすぎて転ばないで下さいね? あと彼氏をあまり叱らないように。彼も恐らく急いで向かおうとしてたんですから』
「は、はい…。では…、失礼します」

 美琴は電話を切って大きく溜息を吐くと、先程の注意を聞き入れることなく全速力で上条が治療中の病院に向かった。
 折角のクリスマスイブに病院デートとは…、まぁ彼らしいといえば彼らしいのだが。




「当麻!」
「おー、美琴たん。いや、すみませんねぇ…上条さんの寮のエレベーターが故障中だったもんだからさー」

 美琴は病院に駆け込むと、受付に確認する事なく上条が運ばれたであろう病室に直行した。
 もう何回も上条も美琴もココに来ているので、自然と分かってしまうのだ。
 案の定半ば彼専用と化したその病室には上条がベッドに横たわっており、右足に包帯をぐるぐる巻きになっている状態だった。
 美琴はその有様に一瞬だけ息を飲んだが、上条の元気そうな顔と声に涙腺が緩み、今まで待たされた分もあり上条に抱きついて泣き出してしまった。

「…っ」
「みこと、たん…?」
「うぅ…、たん言うなって…っ、言ってんでしょうが……、馬鹿ぁ…」
「す、すみません。上条さんってば…」
「…いいの、もう。当麻が無事なら、それで」

 上条は胸の中で肩を震わせる美琴の頭を優しく撫でてあげた。安心を与えるために。謝罪を込めて。

「足。大丈夫なの?」
「んー…、骨は異常無いみたいだけど、何か捻り方が悪かったのか今日だけ入院になっちまった」
「そっか。それでも一日で治してくれるなんて…、流石リアルゲコ太ね」
「もう頭上がらねぇよ、ホントに」
「年末には痛みの残らないくらいに完治してそうね。実家に帰るんだしさ」
「あぁ。それなら大丈夫。もしもの時は松葉杖貸してくれるらしいし。美琴も帰るんだろ?」
「うん。私の家は当麻の家と一緒に年越すんだって頑張ってお節のメニュー考えてるみたい」
「マジで! お節とか16年ぶり(記憶にない)なんですけど! 楽しみだなぁ」
「そ、そんなの? じゃあ…、私も頑張って作ってみる」
「おぉ。美琴さんの料理もおいしいから楽しみにしてますよ」
「えへ」

 どうやら昨日のうちに上条のところにも詩菜から連絡があったらしい。最初は渋っていた上条だったが詩菜と電話を終えた瞬間に美琴から電話がかかってきて、何で嫌なのよ! の連呼連呼連呼。
 その後の美琴をなだめるのは大変で、何を言っても「私なんかどーせ魅力のみの字もなければ、巨乳のきょの字もない女よ」と超鬱モードに入り、体育座りをしながら壁に向かって当麻のとの字を書きまくっていたようなので上条は渋々オーケーしたのだった。
 美琴はオーケーを貰った瞬間に明るくなり、門限無いんだからいいでしょと言うが上条は理性の壁の事も考えてほしいと思っていたのだ。




「それで隣の土御門兄妹がさー」
「うん…」

 美琴は面会時間終了時刻に近づくにつれて元気がなくなっていった。
 クリスマスイブが病院デートで終わってしまった悲しさではなく、上条と離れてしまうのが寂しいのだ。
 上条は美琴とデートする度に最後にはこのような状態になるので、ふと夏休みに父刀夜が言っていた言葉を思い出す。
 母の詩菜も刀夜とのデートが終わる時間が近づくにつれて、決まって悲しそうな顔をしていたと言う。今の美琴が多分そんな感じなのだろう。詩菜と美琴からすれば、親子揃ってこんなに悲しませるなんて! と、思うところだがそれはそれまでが最高に幸せだった事の裏返しなので、その事はそっと自分の胸に仕舞っておくことにする。
 そして上条は美琴が離れても大丈夫なようにデートの終わりには決まってある魔法をかけてあげるのだ。きっと刀夜も詩菜にかけてあげたに違いない別れのキスを。愛を込めて。

「よしよし」

 しかし上条にはそんな恥ずかしい事はとても出来た事じゃないので、優しく頭を撫でてあげるだけだった。

「えへへ。じゃあまた明日ね、当麻。迎え来るから」
「あぁ。ごめんな、折角のクリスマスなのに…」
「いいの。当麻と二人っきりでいられるんだから」
「ありがとな。気をつけて帰れよ?」
「うん。じゃあ…、また、ねっ」

 美琴はそう言うと、上条の頬にキスをして帰って行った。
 彼等は本当に学生なのだろうか?
 その桃色ラブラブいちゃいちゃ空間は見ただけでやられそうなオーラを放っていた。
 これが学園都市初の二人で繰り出す能力。能力名【逆行再現―フラッシュバック―】。その能力は二人のいちゃいちゃオーラを見たが最後、夢にまでいちゃいちゃしてる二人がフラッシュバックしてくるという実にけしからん能力だ。今までもオーラを放っていたが、他人に影響を及ぼすレベルでは無かった。しかし今はレベル4。十分なレベルまで上がってきている。

「えへへ。クリスマス当日は時間たっぷりあるわよね。今日待たされた分たくさん甘えないと」

 美琴は病室を出るとマフラーで口元を隠し、ニヤニヤしながら病院を後にした。

「…上条さんの彼女は、笑ったり怒ったり泣いたり甘えたりと忙しそうですね」
「ホント見てられないよ」

 その様子を見ていた冥土返しと看護婦は溜息混じりでそう言った。この二人こそ、上琴逆行再現の最初の被害者である。
 どうやら容態を確認しに来たらしいのだが、あまりのいちゃいちゃに病室に入りづらかったようだ。
 ところで色々あってプレゼントのマフラーを渡しそびれた美琴は、寮に戻った後寮監に怒鳴られるのを覚悟したかのような大声で吼えた。
 そして足の怪我だが一応体温検査をした上条は、常温より1、2℃高かったらしい。





 翌日12月25日、美琴は朝早く起き身支度を開始した。
 イブの日も気合を入れて準備していたのだが、今日は100%デートなのでさらに磨きをかける。病院にいるんだし大丈夫よね、うん。
 そして美琴は泣きながら引き止める白井に電撃を浴びせ気絶させると寮を出て病院へ向かった。
 クリスマスという事もあり、面会時間開始時に既に病院に来てる人は少なく入院をしてるのであろう患者がチラチラといるだけだった。
 美琴は上条のいる部屋の前まで着くと再度身支度を整えドアを開いた。

「おーっす当麻ー。迎えに―――」
「すー、すー」
「(寝てるし…)」

 流石に早すぎた(と言ってもそろそろいい時間だが)のか上条はまだベッドで寝息をたてていた。
 起きてる時はキリッと見える(美琴ビジョン)上条も、寝ている時はとても可愛らしい寝顔だった。何だかんだで付き合ってからは始めてみる上条当麻の寝顔に、美琴は胸をキュンとさせた。
 そして美琴はベッドの隣にある椅子に腰掛けると、顔を赤く染めながら優しく上条の頬に目覚めのキスを―――

「なーんて、んむっ」
「むふぇ?」

 しようと思ったら、どうやら上条は起きていたらしく美琴の方を見てきたので、美琴は上条の唇にキスをしてしまった。

「あっ、あああああアンタおおお起きてっ!?」
「…もう、美琴さんったら朝からそんな」
「なっ…! あああああああ…、あうあうあうあう…」

 頬狙いのキスが唇に変わった恥ずかしさと、上条に知られてしまった恥ずかしさから美琴はプスプスと頭から湯気を出し、体はビリビリと帯電し始めた。こ、これはふにゃー化5秒前っ!
 しかしここは病院なので、美琴の電撃が撒き散ろうものなら色々な精密機器が一瞬にして亡くなる可能性が高い。なので上条は、今まさにふにゃーとする美琴を――

「み、美琴。おはよう」
「あ…」

 優しく抱き寄せて漏電防止&トドメを刺すのであった。そして見事にふにゃー化した美琴を椅子に座らせてなだめていると、病室に看護婦と冥土返しが入ってきた。昨日聞いたが、今日は朝一の診察で包帯を取ってすぐ退院できるらしい。

「おや。朝からお熱いね」
「あ、先生」
「お、おはようございます」
「おはようございます、御坂さん。早いですねー。そんなに彼氏が心配? それともこれからデートなのかしら?」
「え、あ、それは…、あぅ…」
「ふふ。はい、上条さん。包帯取りますので動かないで下さいね?」
「あ…」
「…ん? 美琴? どした?」
「な、なんでも…」
「???」



 上条は診察を受け、足は特に異常が無かったのでそのまま退院する事になった。昨日足を滑らせて転んだせいか服は汚れていたので、名前は思い出せないが病院備え付けの服を着ていた。
 心優しい看護婦が上条の汚れた服を洗ってはくれたのだが、結構激しく転げ落ちたのか穴が開いてしまってたので、一度上条の部屋まで戻る事になった。…まではいいのだが、病院から上条の部屋に行くまでの間、美琴は上条の腕にしがみ付きべったりとくっついて離れない。上条が看護婦に包帯を取られている時から何やら落ち着かない様子を見せていたのだ。
 この状態ではぶっちゃけ歩きにくい事この上ないが、甘えてくる美琴には甘えさせておくのがいいと上条は学んでいた。
 ちなみに美琴がツンツンして素直になれない時は頭を撫でる等をしてデレに持っていってあげればよし。
 美琴が上条の彼女で弱点を熟知してるのなら、上条も美琴の彼氏なので彼女の弱点を熟知していた。もうこうなってはツンツンしてようがデレデレしてようが、ビリビリしてようがふにゃふにゃしてようが美琴が上条に勝つ事は出来なかった。

「ところで美琴。今日の予定なんだけどさ」
「う、うん…あ」
「ん?」
「こ、これ…クリスマスプレゼント。私が編んだの」
「おぉ! 緑のマフラーとはいかにも美琴らしい。…つか模様とか凄ぇ。ありがとな、今巻いていい?」
「わ、私が巻いてあげる…。これ巻き方があるの」
「そうなの? じゃあお願いします」
「えへ。はい、どうぞ」
「サンキュー。…………ん? こ、この名前は…」
「えへ」
「…美琴たん。さすがにこれは少々恥ずかしいんですけ―――」
「ダメ…?」
「……だっ、ダメじゃないです」
「えへへ、当麻ー」
「はは…」

 いや、唯一勝てるとしたら美琴の押しかもしれない。
 上条の優しさと美琴の押し。主導権はどちらかが折れる瞬間に奪われるのだ。と言うか攻めた方が勝つのだ。守ってては勝てない。
 今回は美琴の頬を染め&モジモジ&上目使いに上条はただただ受け入れるだけだった。




「あ。そういえば」

 上条は美琴と一緒に部屋まで帰ってくると、思い出したように言い出した。
 昨日階段から転げ落ちてボロボロになった服は、病院の方で一度洗ってはくれたが一応外に出たのですぐさま脱いで洗濯機に押し込み、別の服に着替えている。
 ボロくなっても部屋着にくらいにはなるし、何より年末は色々と出費が多いので新しい服など買う余裕がないのだ。美琴は新しいのを買ってあげると言うが、漢上条この命灯火となるまで決してヒモにはなるまいと固く誓うのであった。
 そして今は洗濯機の終了待ちしているところ。冬とは言え今日は恐らく夜まで帰ってこないので、生乾きの良からぬニオイが出かねないので。あれはヤバい、マジで。
 ところで美琴はと言うと、部屋に着くなり上条がいきなり服を脱ぎ出しパンツ一丁になるもんだから、両手で真っ赤になった顔を隠している。
 しかし上条の事なら何でも知りたい電撃姫は、指の隙間から上条の生着替えをチラチラと見ては恥ずかしくなりまた顔を隠す、を繰り返し繰り返ししていた。
 そんな美琴を横目に上条は着替えの途中に何やらゴソゴソと鞄の中を物色しだす。美琴は何か探すならまず着替えてからにしてよと思っていたが、上条の探し物と肉体に興味津々で言うに言い出せなかった。

「美琴ー」

 ジーンズだけ穿いて上半身真っ裸のままの上条は、探し物が見つかったのかそれを隠し美琴の前まで歩み寄ってきた。
 もちろん美琴サイドからすれば半裸の上条が急に迫ってきたので、チラチラと覗いていた指の隙間を戻す事も出来ないくらいにカチカチに固まり、顔は染めるとかそんな表現では表せないくらいに真っ赤になり、頭からは沸騰したヤカンのようにポーッと湯気を噴き出した。

「ふにゃー」
「ええええええええっ!? 何でだ美琴たんっ! ここでそれは無しだってぇーーーっ!!!」

 先程ヒモにはなるまいと誓ったばかりの上条は、いきなりふにゃー化し家電製品に影響を及ぼす電撃を漏らしている美琴を抱き寄せると、そのまま頭を撫でて落ち着かせる…が、もちろんそんな事を半裸の上条にされようものなら―――

「と、当麻ぁ…。優しくして…ね?」

 美琴は壮大に勘違いする他ないのであった。
 そして、その爆弾発言を聞いた瞬間に上条当麻の理性の壁は何トン何十トンもある巨大な恐竜に体当たりさせたようにヒビが入り、衝撃には耐えても外側はボロボロと崩れていく。
 上条はいかにクリスマスのテンションとは言え、記憶上初の里帰りで両家集まる元旦の親睦会の中、孫の名前を考えて欲しいなんて不幸体質が無くなったとしても言える事ではなかったので、微力ながら壁の内側から支え何とか崩壊を免れたのだった。



「え、えぇっと…、んんっ! 実は上条さんからも美琴たんにプレゼントがありますー」
「は、初めて…?」
「ぶほっ!? み、美琴たんっ! 間違っても今の言葉をよそ様に言うんじゃないぞ! 美鈴さんや旅掛さんもダメ!」
「じゃ、じゃあ何よ? こんだけ期待(何を?)させておいて。あとたん言うな」
「ふにゃーってならないで下さいね」
「? 一体なんだって―――」

 上条は美琴の左手を優しく奪うと―――

「ハッピーウエディング。美琴」
「ふぇ?」

 隠していた銀の指輪を薬指に通した。

「あああああああの…! これっ…!」
「あー…、まぁその何だ。年末年始実家で仮夫婦として一緒に暮らすだろ? だから美琴には俺の妻としてはめてもらおうかなぁなんて。形だけなんで安物で悪いけどさ」
「当麻…」
「んで」
「ふぇ?」

 そして今度は両手で美琴の頬を挟むと―――

「ん」
「んんっ!? ん…、あふ…」

 誓いのキスとばかりに優しく美琴の唇を奪った。

「…っは。メリークリスマス、美琴」
「え、あ、わ、わわ私…、その…あうあうあうあう…」

 美琴はもうダメになった。もう本当に本当に本当にダメになった。こういう事は夜景が綺麗な所でとか、ムードがビンビンに出ているスポットとかでされたいと思っていた美琴であったが、場所なんかもうどうでもよかった。もう本当にどうでもよかった。何かうまく伝わらないかもしれないけど、つまり美琴はダメになった。これほどまでに演算が間に合わないのは初めてだ。
 だってだって…、えぇっ!? い、いきなり指輪をプレゼントされたと思ったら、きっ、キキキキキキスゥもプレゼントされて…? ああああ…、あ、あう、あうあう…。

「ふにゃー」
「みっ、美琴たーーーーーーーーんっ!!!!!」




「あの…」
「いや」
「ま、まだ何も言ってないんですけど」
「どうせ『洗濯物も干し終わったので…、もうそろそろ出かけませんか?』って言うに決まってる」
「…」
「だから、いや」
「いやって…、もう昼過ぎですよ? 遊びに行くならもうそろそろ―――」
「もう少しこのままがいい…」
「……わかったよ」
「えへ」

 今、美琴姫は当麻王子に後ろから抱きつかれて心底ご満悦だ。先程のふにゃーから帰ってくるや否や上条に抱きつき、洗濯機が終わろうが洗濯物を干そうがくっついて離れない。そしてひとしきり抱きつくと、今度は上条に後ろから抱きつかせて上条座椅子として堪能している。
 もうかれこれ1時間はこの状態なのだが、美琴姫は全然物足りないらしくずっと抱きつかせたままだ。この分だとイブは病室デート、クリスマスは自室デートになりそうです。

「えへへ、ふにゅ…」

 しかしまぁ、美琴がそれでいいならいっかと思う上条なのであった。
 美琴は完璧に猫化し、上条にスリスリしている。付き合ってからデレの頻度が高くなってきて今ではホントにツンデレなのですか? と言われてしまってもおかしくないくらいデレデレしている。
 だが、徐々にデレが増えてきたのは上条にとってもとても喜ばしい事だった。
 付き合ってツンデレが続き、いざいいムードになった時に急にデレてこられたのではデレに対する耐久が無く、我を忘れ一線を越えかねない。デレが少しずつ少しずつ増えていけば、耐性もちょっとずつちょっとずつ増えてくる。
 なので上条は今の美琴のデレデレ時々ツンツンという性格がとても好きなのだ。

「美琴たん。飯どうする? 上条さん朝から何も食べてないんですがー」
「ごはんー? じゃあ私が作ってあげる! 何がいい?」
「んー…、そうな。んー」
「冷蔵庫には何が入ってるの?」
「マーガリン」
「うん」
「…」
「うん?」
「マーガリン」
「…」
「…」
「……もしかして、指輪一組買うのにまた塩ごはん生活送ってるわけじゃないでしょうね?」
「…えへ」
「アンタって奴は…」




 上条と美琴は部屋を出るとスーパーへ向かった。美琴としてはごはんよりも上条座椅子の方がいいのだが、餓死してはたまらないので重い腰を上げたようだ。
 お互い左手の薬指に指輪をしている若いカップルは、冬の寒さなどものともしないくらい温かい。上条は美琴手作りの緑のマフラーを巻いているし、美琴は一生の宝物になるであろう指輪がはめられてる左手を上条が握ってくれているから。
 ちなみにこれから食材を買いに行くわけだが、上条はこの日のために財布の中に諭吉さんを一人隠して住ませてたみたいで、美琴がどんなに言おうが材料費は自分で出すと聞かなかった。クリスマスということでセールもやっており、ついでに買い溜めもしておくようだが、年末には実家に帰るわけなので2、3日分くらいの食材があればオーケーなのだ。
 しかしそうなると結構な額になり行きの電車賃が無くなる可能性があるので、クリスマスケーキだけは美琴に買ってもらう事にした。すみません、美琴たん。ダメな彼氏で…。
 上条は美琴に料理作ってもらう時には決まってメニューというか、主食を考える。「何でもいい」じゃ一番困るだろうし、美琴も上条の好きな物を知れて一石二鳥なのだ。後は美琴が足りない栄養を足せばいいので。

「ぐっは! 重かったー!」

 上条は両手いっぱいのビニール袋を持って部屋に帰ってくると台所に荷物を置いた。クリスマスと言う事でケーキにチキン、飲み物などと重量系の物が多い。
 もちろんこれを3日も続けられないので、安かった魚や肉も買い溜めし冷凍しておく。これなら食べたいときに食べれる。美琴はまだこの辺りの台所の事情や家事がまだよく分からないので、年末年始にある夫婦生活では美鈴や詩菜に弟子入りしそうだ。

「お疲れ様、当麻。じゃあ私作り始めるから休んでて」
「ありがとー、美琴たーん」
「たん言うな」

 美琴は食材を冷蔵庫に入れていくと、上条が食べたいといったカレーを作り始める。米だけはある上条家には作り置き出来るカレーはまさに最高の献立なのだ。カレーなら美琴も作るのが簡単で、煮込む間にいちゃいちゃ出来ると考えたのか手際よく調理を―――

「はっ!」

 しようとしたが美琴が何故か動かない。じゃがいもと包丁を持ってプルプルと震えている。

「ど、どした美琴? 怪我した?」

 美琴が微動だにしないので心配になった上条は美琴の手元を見るが、別に怪我をしたというわけではないらしい。
 では一体どうしたのだろうか? 上条は美琴の手元と顔を交互に見ていると、美琴が上条に気付いたのか顔を向けた。その目には涙が溜まっている。

「と、当麻ぁ…」
「どうした美琴たん! な、なにかマズイ事でも―――」
「指輪」
「………え?」
「指輪が汚れちゃう」
「ゆ、指輪? あー、指輪ね。外せばいいんじゃ―――」
「いや」
「え?」
「外したくない」
「えっと…? じゃあそのまま―――」
「汚したくない」
「…」

 どうやら上条はとんでもないものをプレゼントしてしまったらしい。




「う~~~…」

 美琴は何やらしかめっ面で料理をしている。先程のやり取りで料理を作り出せない美琴は部屋に連れて行かれ説得を受けていた。
 何だって美琴はそんなに指輪を外したくないのかと聞くと、

「こ、この指輪をつけてる時は、私は上条美琴だもん」

 との事。美琴はおもちゃを取り上げられたくない子供のように左手を隠しているが、上条が溜息を吐いて「じゃあ俺が作るよ」と立ち上がると折れた。
 美琴は上条の腰に抱きつくと、今度は差し押さえられた宿の女将のようにわんわんと泣き出した。
 もう上条は色々と疲れたので美琴の指輪をヒモに通し、首から掛けてあげた。美琴からしたら大切な指輪なので腑に落ちないのだが、料理が出来ない妻だなんてのは絶対嫌だったので大人しく料理をしているというわけだ。

「そういえばいつから学園都市出れるの?」
「うぅ…」
「…美琴たん?」
「な、なによぉ」
「え、えっと…いつから学園都市出れるのかなぁって」
「ぐすんっ…、に、29日から」
「そ、そうですか」
「うん。…あ。もうすぐ出来るから…、んっ、待っででぇ…」
「は、はい」
「冷蔵庫に福神漬けが入ってるから出じでぇ…」
「わ、わかりました」
「ふぇぇぇん」
「ど、どうしたの美琴たん」
「ご飯炊くの忘れてたぁ…」
「あー…」

 上条は美琴と付き合ってから様々なモードの美琴を見てきたが、これは初めてだった。とりあえず上条は美琴の頭をよしよしと撫でてあげるとご飯を早炊にセットした。




「はい、当麻。あーん」
「あー…、むっ。もぐもぐ」
「おいしい?」
「うん」
「えへへ。はい、あーん」
「あー…、むっ。うまうま」
「えへ」

 先程の美琴はどこに行ったのか、今度は完全にデレデレの美琴になっていた。美琴は上条の隣に座り四角いテーブルの一辺しか使わないし、スプーンは美琴の持ってる一つだけであーんしてくるし、喉が渇いたから水を…と思ったらこれはさすがに自分で飲めた。
 料理が終わった瞬間に首に掛けてあった指輪を戻すとそれを見ては頬を染めてもいる。今になって思ったが、この状態で常盤台に帰ったら白井黒子はどうなるだろうか。また再戦しかねない?
 昼過ぎまで美琴が猫化してた事もあり、材料の買出しや美琴の説得の後料理をしていたらもう夕方になっており、日が短い12月ではもう外は真っ暗になっていた。
 テーブルの上には美琴が買った緑色のガラスのツリーが置いてあり、部屋の電気を消してツリー中にロウソクを入れて火を灯せば部屋の中でもとてもいい雰囲気になる。

「ねぇ、当麻ぁ」
「だーめ」
「まだ何も言ってないじゃない」
「どーせまた『今日泊まってもいいでしょぉ?』だろ?」
「うっ」
「もうすぐ一緒に住むんだからそれまで我慢しなさい」
「うぅ…、だってぇ」
「だってじゃありません。はい美琴、あーん」
「…あー、む。もぐもぐ」
「おいしい?」
「ふつう」
「厳しいなぁ」
「うちの母や詩菜さんに教えてもらおうかしら」
「もう十分だと思いますけど」
「まだまだ。当麻が泣いて食べるくらいの作るの」
「辛すぎるのは無しですよ」
「えへへ。大丈夫。とびっきりあまーいやつ作るから」
「甘いカレーですか」
「辛さは変えないわよ。でもとっても甘いの」
「すげぇカレーだ」
「でしょ? はい、あーん」
「あー…、むっ。もぐもぐ」
「おいしい?」
「うん」
「えへ」

 こうしてカップルの聖夜は過ぎていった。何かもう二人は夫婦だった。

「あ、美琴ちゃーん! 当麻くーん! こっちこっちー!」

 御坂美鈴はそう言うと元気に手を振り自分の現在位置をアピールしている。
 12月29日。上条当麻と御坂美琴は神奈川にある実家の最寄り駅まで移動しており、結構早めに学園都市を出てきたのだが、ここについたのは昼を過ぎたところだった。

『まもなく3番線に、普通――――』
『ドアが閉まります。ご注意――――』
『駆け込み乗車はお止め下さい―――』
『まもなく2番線に、快速――――』

 朝実家に向かう電車の中で美琴が美鈴から迎えに行くよメールが届いて駅のホームまで来てくれたらしい。
 電車到着を告げるメロディーと一緒に駅員の声がホームに響いており、今から遊びに行くのか人で結構な混雑をみせるホームは上条と美琴の姿を隠していたが、駅員に注意されながらも備え付けの椅子の上に乗って探してた美鈴が上条のツンツン頭を探し当てたというわけだ。
 神奈川には雪は降ってなかったが、ホームに降りる前にチラッと見た電車内の天気予報では気温は最高で11℃となかなかの寒さで、コートやマフラーや手袋をしてる人がほとんどだ。
 もちろん上条もクリスマスの時に美琴に貰った緑のマフラーで鼻まで隠すとガクガクと震えているのだが、自分の胸元にばっちり「とうま」「みこと」とあるバカップルマフラーに上条はここにつくまでとても恥ずかしい思いをしていた。ちなみに美琴は全然平気だった。むしろそのマフラーを見られては『「とうま」と「みこと」はこんなにもいちゃいちゃなんですよ』という感じに心底ご満悦のようだ。
 ところで、帰省と言っても別に何するわけでもなく、ただ実家に帰るだけなので上条の荷物は着替えと財布、携帯くらいなもんだが、そんな上条の小さなバッグに対し、美琴のバッグはどこかに旅行に行くのかと思うほど大きな物だった。
 美琴曰く「女の子には色々必要なの!」という事らしい。今日は公園で待ち合わせして駅に向かったのだが、その時美琴が重そうに持っていたので上条が今まで持ってあげたが何が入ってるんだと思うほどの重さだった。着替えだけじゃここまで重くならないし…、うーん。

「美鈴さん、すみません。お待たせしましたー…と、母さん。久しぶり」
「当麻さん。こんにちは。…あらあら、そのマフラー。うふふ」
「え? あー…、これは―――」
「ふんふん。美琴ちゃん、なかなかよく出来てるじゃない。何回やり直したの?」
「べっ、別にいいでしょそんな事! …あ、詩菜さん。こんにちは。お久しぶりです」
「こんにちは、美琴さん」

 美鈴の隣には詩菜が座っており、会った瞬間にマフラーの事でからかわれた。…当然だけど。
 ちなみに指輪の件も壮大にからかわれそうだが、二人は手袋をしていたので気付かれなかった。…今のところは。
 ところで上条に関しては完璧主義の美琴にとってはプレゼントも完璧でなければ気が済まなかったらしく、ちょっとでもマフラーに綻びが出たり見た目が悪くなろうものならまた一からやり直しては編みこんでいたのだ。とても気が遠くなりそうだったが、美琴はこれをプレゼントし巻いてくれる上条を想像するだけで嬉しくなり全然苦ではなくふにゃふにゃしながら編んでいたらしい(白井談)。

「あら? 当麻さん、その顔の絆創膏は?」
「え? あー、まぁ、うん。ちょっとね」
「?」

 その美琴の愛がこもっているマフラーで隠れてはいたが、上条の右頬には絆創膏が貼られていた。もちろん怪我をして張っているのだが原因は白井黒子。
 マフラーの件で怒りのボルテージが最高潮まで上がっている白井にとって追い討ちをかけるが如く指輪の一件で、またも夜なべでやすりをかけていた鉄矢で勝負を挑んできた。
 流石レベル4の白井は学習し、上条の隣に美琴がいない時を狙ったが学校が休みな事もあり、指輪の事もあった美琴は起きるや否や大急ぎで上条の元へ向かって現場に鉢合わせたというわけだ。
 美琴は愛しのダーリンが負傷(かすり傷)してる姿を見た瞬間にレベル5の雷神になり白井(と上条)に恐怖を与えた。白井は一瞬にして上条から離れ地面に顔ドラムして謝ると、上条もつられて謝った。…何故だ。理由は怖かったから。



「そういえば父さんと旅掛さんは?」
「刀夜さんは御坂さんのお宅で大掃除のお手伝いをしてますよ」
「美琴ん家?」
「そうなの。昨日は上条さん家一緒に大掃除したから、そのお詫びって事で手伝ってもらってるのよ」
「じゃあ俺も行くかなー。どうせ暇だしー」
「おっと。いいのいいの。前にも言ったけど当麻くんは上条さんの家で美琴ちゃんと夫婦生活してもらわなくちゃね♪」
「あぅ…」
「家じゃ6人も入るのは厳しいので年越しだけは御坂さんのお宅に来てもらう事になりますけど…、それまでは楽しんでください」
「んー…、でもなぁ。父さん達が掃除してんのに…」
「あー大丈夫大丈夫。もう終わるからさ。だから早く行きましょう~♪」
「ふぇ!? 私達と一緒に来るの!?」
「当麻さん達家の場所知らないでしょ? 前住んでたマンションとは別の所に引っ越したんですよ」
「それに迎えに来た以上、見届けるまでがガイドの務めよん♪」
「あぅ…」
「はは」

 上条一向は美鈴と詩菜を先頭に上条と美琴が後を追っていく。つい最近もこんな感じの事があったが、それからの一ヶ月が濃すぎて何だか遠い昔のように感じる。
 美琴が何やら大人しいのは、美鈴が出発する際に「では、新婚さんご案内~」とか言ってくれたお陰で美琴はあうあうしっぱなしだからだ。
 あうあうしている美琴を横目に、楽しそうに話しながら前を行く美鈴と詩菜を横目に、上条は地元の景色を見ていた。

「そうそう美琴ちゃん?」
「…ふぇ?」
「学園都市製の指輪はそう簡単に錆び付いたりしないんだって」
「ゆっ! …びわ?」
「料理の時はつけたままでも汚れないから大丈夫ですよ」
「…なっ、ななななんで。…アンタ! まさか母達に言いふらしたんじゃ!」
「はいぃぃ!? 待て待て待て! なんで俺がそんな事―――」
「じゃ、じゃあ何で指輪の事母達が知って―――」
「手袋の上からでも美琴ちゃんが左手の薬指を撫でてれば何となく分かるわよん」
「るぅぅぅ…」
「…お前じゃねぇかよ」
「あぅ…」
「大切なのはわかるけど、あまり当麻くんに苦労かけちゃダメよ?」
「あぅ…」

 もうバッチリ見破られていた。この二人を前に隠し事は不可能だ。別に隠してたわけではないけど。
 そして上条と美琴は、何かあったら真っ先に美鈴と詩菜に伝えようとこの時決心したようだった。



「はーい! 新婚さんの愛の巣に到着~♪」

 そしてやってきた上条の実家。大きめのマンションなのは見た目と受け箱の数が物語っている。部屋の前まで行かなくてもエレベーターホールに受け箱があるので郵便屋さんも楽チンだ。この件数を走って回るのは骨が折れる。絶対手紙が来る度に舌打ちされるだろう。書留とかは怒りで破かれかねない。
 詩菜は「お部屋は…、ここです」と部屋番号がついているポストと指差すと美琴に鍵を渡した。

「…あれ? 母さん達部屋まで来るんじゃないの?」
「私達はもう家に戻るわよん。長旅で疲れてるかもだし今日はゆっくりしててね。明日にでもこっちに顔出してくれればいいからさ」
「何かすみません」
「いいえ。それと…、美琴さん?」
「は、はひ!」

 不意に呼ばれたのか美琴の声は裏返った。それは上条の実家に興味津々だったことと、これから起こる上条のとのラブラブ新婚生活にふにゃーしかけていたからなのだ。

「冷蔵庫の中に食材が入ってますので何でも使ってくれて構いませんから」
「そっ、そんな悪いです! 夕食なら私が買って―――」
「まぁまぁ美琴ちゃん。余りもので作るのも主婦としての第一歩よ」
「しゅっ―――!?」
「限られた食材の中でいかにしておいしい料理を提供できるのかが腕の見せ所なの!」
「そ、そういう事ね!」
「そういう事よ! そら! 行って来なさい美琴ちゃん!」
「わかった! ほら当麻! 行くわよーーーーっ!!!」

 そして美琴は駆けて行った。

「…何か手馴れてますね。美鈴さん」
「ふふん。当麻くんはまだまだね」
「じゃあ当麻さん。私達は、これで」
「うん。ありがとな、母さん。美鈴さん」
「いいのいいの♪ もう親戚になるんだしさ♪」
「…今の、美琴には聞かさないでくださいよ。絶対ふにゃーってなりますんで」
「あはは」



 上条は美鈴と詩菜を見送ると、先程詩菜が美琴に部屋の番号を教えていた事を思い出し実家である部屋へ向かう。
 夏休みにエンゼルフォールで吹っ飛んだ一戸建てもあり、刀夜と詩菜の新居はどこにでもありそうなマンションで、ブラウンがベースの見た目レンガみたいなつくりだった。一階のエレベーターホールを抜けると左右に無数にある部屋。外からは見えないように木で玄関側は隠れているし、家族で住んでるのが多いのか砂場や自転車置き場にはシャベルだかスコップだかとバケツ、三輪車などがあった。

「えっと確か…、ここだよ……な?」

 上条は実家であろう部屋の前まで来るとぴたりと止まった。何故か。玄関前に血まみれのシスターが横たわっているわけでもなければ、三毛猫のノミ取りをしているわけでもない。では何故か。理由は―――

「表札が『上条 当麻 美琴』になってる…。はぁ…、美鈴さんだな、こんな事するの…」

 その頃―――

「へっくちぃ!」
「あらあら、大丈夫ですか美鈴さん?」
「あー…、大丈夫です。きっと美琴ちゃん達が部屋に着いたんですね」

 そして場面を戻し、上条当麻。

「でもおかしいな。こんなん見たら美琴ならふにゃーってなって玄関前で転がっててもおかしくないのに…、迷ってまだ来てないのか?」

 上条はうーんと唸るが鍵は美琴が持ってるしどうする事も出来ないので待っている事にする。
 しかしもしかしたらこんな表札の事などスルーし、部屋の中にいるかもしれない。そう思った上条は取っ手に手をかけ、回すとガチャっという音と共に扉が開いた。

「あれ、開いてる。やっぱり美琴はもう中にいるの―――」
「お帰りなさい、当麻ー♪」
「かぁー…」

 上条が玄関のドアを開けると、部屋の奥からパタパタと元気にエプロン姿の美琴が駆けて来た。緑ベースの可愛らしいゲコ太エプロン。手にはおたま。もう完璧に『上条美琴』モードになっている。

「お風呂にする? それともご飯? そっ、それとも…わたっ、わたわたっ私―――」

 バタン。扉を閉めた。これ以上聞いてはいけない。いや、いけなくはないんですが聞くと全ての予定が狂うと言いますかやることはやってしまうと言いますかごにょごにょ…。

「ふぅ」
「ちょっと! なんでドア閉めるのよ! せっかく愛しの奥さんが出迎えてあげたのに!」
「うおおおおおおっ!!!!???? いつの間に! お、落ち着け美琴たーーーーーーーーんっ!!!!」
「たん言うなって言ってんでしょうがーーーーっ!!! ふにゃーーーーーーーーーーっ!!!!」
「待て待て待て! ここで電撃はやめろーーっ!! 色々焦がすぞ! 表札焦がすぞ!」
「…はっ!」
「……………………あ、あれ?」
「焦げちゃうのは、困る…」
「えっと…、美琴、たん?」
「えへ、えへへ」

 美琴はゲコ太の携帯を取り出すとカメラでカシャカシャと色々なアングルから写真を撮り始めた。どうやら美琴は表札を見てふにゃーとする事は無かったが、代わりに『上条美琴』としての責任感が芽生えたようだ。
 しゅ、主婦の仕事は夫の出迎えでしょ? だっ、だからその…やったんじゃない。あぅ…。




「へぇ…、ここに父さん達住んでるのか」

 上条は先程撮った表札が映っている待ち受け画面を見ながらニヤニヤしている美琴の腕を引っ張って部屋の中に入ると、キョロキョロと部屋を見渡した。流石学園都市とは言っても寮の一室をこの部屋とは広さが段違いで、リビングやキッチンの他に洋室一部屋、和室一部屋ある。2LKってやつか! …いいの? つかダイニングって何でせう?

「洋室は父さん達の寝室か…、寝るとしたら和室だなー」
「ね、寝る!? もう寝るの!?」
「へっ? いえいえ、寝るとしたら…ね」
「なんだ」
「それよりお腹空きません? もう昼過ぎだし…朝は売店のおにぎりだけだったし…、上条さんのお腹が悲鳴をあげてますよ」
「そ、そう? じゃあ私が作ってあげる! 何がいい?」
「冷蔵庫の中には何が入ってたの?」
「ん? ちょっと待ってね」
「どきどき」
「えっとー、豆腐、白菜、ネギ、白滝、お肉…とか?」
「それは鍋をしろと言っている!」
「鍋?」
「でも昼から鍋は重すぎるなー。鍋は夜にして、昼は軽くトーストとか―――」
「鍋ってなによ。使うの?」
「え? まさか美琴たん…、鍋知らないなんてことは…?」
「ふぇ? ……し、知ってるわよ! 鍋でしょ! 私も鍋にしようかと思ってたの!」

 そう言って美琴はバッグを取り出した。
 それはとてつもい重さを誇った美琴のバッグ。そして美琴がジッパーを開くとそこには―――

「えっと…、鍋でしょ? 鍋鍋…」

 タウン○ージクラスの料理本が10冊くらい出てきた。美琴はそれをピラピラと捲ると『鍋』について調べ始める。

「…」
「えっとえっと…あ、鍋にも色々あるのね。ふんふん…、冬には温まるキムチ鍋がオスス――」
「美琴たん」
「メ?」

 上条はそんな美琴に胸打たれ思わず抱きついていた。だって可愛いのだもの。健気なのだもの。

「あ、あの…! そのっ…」
「お前、可愛いな」
「かわっ、いっ! ………………ふにゃー」





「そういえば『アレ』持ってきてくれた?」

 美琴はふにゃーから帰ってくると、昼食のトーストを取りながら上条に話し出した。マーガリンにレタス、トマト、ベーコンエッグを挟んだサンドイッチ。うまい。

「アレ?」
「アレよアレ! 昨日言ったでしょ! まさか忘れたんじゃ…!」
「あー、アレね。はいはい持ってきましたよっと」

 上条はバッグに腕を突っ込むとゴソゴソしだす。美琴は相当に『アレ』が楽しみなのか体をソワソワさせ、目はキラキラと輝いていた。

「あら…。確かバッグに入れたと思ったんだけど…」
「えぇっ!? 嘘でしょ!? あれほど忘れないでって言ったのに…! ちょっとバッグ貸して!」
「ど、どうぞ…」

 バッグを受け取った美琴はセール品のカゴに入っている商品を物色するように中を必死に漁る。
 その必死さは異様で、目には涙も。

「ない…、ない」
「あー…」
「うぅ…、やっぱりない。楽しみにしてたのにぃー…」
「あ、あの…美琴たん?」
「ふぇぇぇぇ…」
「はぁ…、ちゃんと持ってきましたよ」
「ぇぇぇ…え?」
「じゃーん。実は着てきましたー」
「あ…」

 上条と美琴が話していた『アレ』。それは―――

「寒かったから着てきたんだけど…、俺のワイシャツなんて何に使うんだよ? 言っとくけど俺2着しか持ってないんだから汚したり無くしたりするなよな?」
「あは、うんうん! 大丈夫大丈夫! 着るだけだから!」
「へ? 着る…の? じゃあ洗濯しないと―――」
「ふぇ? まっ、待って!!!」
「な、なんでしょうか」
「えっと、その…あの……、そのままで、いい…」
「え? でも…朝から着っぱなしだからさ。冬だけど汗とかで―――」
「い、いいから! 貸して…」
「……まぁ、美琴がいいならいいけど。…ほらよ」
「あは。コレよ、コレ! ありがとう当麻!」

 美琴は上条からアレこと上条のワイシャツを受け取ると、ゲコ太のグッズが手に入ったかのようにぎゅーっと慎ましい胸で抱きついた。

「そんなの着てなにするんだよ?」
「何って。お泊りのパジャマは彼氏のワイシャツって決まってるんじゃないの?」
「はい? み、美琴たん。どこでそのような情報を…」
「舞夏から」
「舞夏さーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!」






「風呂あがったぞー」

 上条はタオルでふにゃふにゃになった元ツンツン頭を拭きながらリビングへと歩いてきた。昼過ぎに駅へ着き、そこから色々と騒いで昼食を取っていたのでもう夕方になっていた。
 今日の夕食はキムチ鍋と決定したので、準備といえば白菜と豆腐と切ってご飯を炊くくらいなので先にお風呂を済ませていたというわけだ。

「当麻おかえりー」

 美琴はリビングで料理本を読んでいた。初めてのお泊りなので、上条がお風呂に入ろうものなら「背中洗ってあげる!」と言って聞かなかったのだが、上条が「鍋は奥が深いので勉強しなさい」と言うと美琴は必死になって料理本を読んでいたのだ。もう美鈴さん並に美琴の扱いに慣れつつある上条当麻。

「お湯加減バッチリなんで美琴も入って来れば?」
「うん…、もう少し……」
「…。風呂上りで食う鍋はうまいだろうなぁー」
「…!」
「風呂に入れば後は飯食って歯磨いて一日終わりだから遊んでられるんだけどなぁー」
「…!!」
「まぁ今日は疲れたんで美琴たんが風呂に入ってる間に寝てしまう可能性も―――」
「わ、私お風呂入ってくる!」

 そう言って美琴は風呂場へと駆けて行った。もう上条は美琴マスターのようだ。

「鍋なんてお嬢様はやらねぇんだろうなー。全部食材入れて煮込むだけなのに…どれどれ? ふんふん…やっぱ最後はご飯入れますよねー」

 しばらく上条は美琴の料理本を呼んでいると突然バタンっという音がした。どうやら美琴がいる脱衣所の方から聞こえてきたが…。

「…? 美琴…?」

 上条は美琴の名前を呼ぶが返事はない。ちょっと前に風呂場のドアが開く音が聞こえたので今は脱衣所にいるのだろうが。そして上条は脱衣所の前までいくと再度美琴の名前を呼ぶ。すぐそこに美琴がいるのは何となく気配で分かるのだがやはり返事は無かった。

「みーこーとたー…・・、み、美琴! ど、どうしたんだ!」

 二つの意味で万が一に備えて脱衣所のカーテンを開けた上条は相当に焦った。理由は目の前にワイシャツと短パン姿の美琴が床に倒れていたから。
 そして当麻は美琴を抱きかかえると安否を求めた。




「み、美琴! どうしたんだ! 一体なに―――」
「ふにゃー」
「がぁぁぁ…? って、え? ふにゃー?」
「ふにゃー、ふにゃにゃー?」
「えぇっと…、美琴…たん?」
「ふにゃふにゃにゃー…」
「ど、どうしたの?」
「ふにゃっ…、ふにゃにゃにゃふにゃにゃーにゃにゃにゃにゃー」
「『えっと…、当麻のワイシャツを着たら』」
「ふにゃーにゃにゃっにゃっにゃ、ふにゃー」
「『何か気持ちよくなっちゃってふにゃー』」
「ふにゅ…」
「…」

 上条当麻は御坂美琴の言語を完璧に理解していた。稀にしか見れないふにゃ語を話す美琴で、英語も満足に出来ない上条だが、一ヶ月前に一級ふにゃ語通訳の資格を取ったのでリーディング出来る。つまりは上条は二ヶ国語話せるということなのだ! …履歴書にはかけないが。
 そしてここで美琴がふにゃーした理由をおさらいしておこう。つまり美琴はパジャマに上条のワイシャツを着ようとしたまでは良かったのだが、学園都市からここまで来るまで着っぱなしだったワイシャツは上条の匂いが染み付いており、それを着たが最後常に上条に抱きしめられている感覚に陥り耐え切れなくなってふにゃーとしてしまったようだ。

「美琴たん? そんなんじゃ何も出来ないから普通のパジャマにお着替えになられた方が―――」
「ふにゃっ!」
「いやって言われましても…」
「ふにゃっふにゃ、ふにゃっ!」
「いやでもですね? そんなタコみたいにふにゃふにゃな軟体動物になられていたんじゃ何も出来―――」
「…ふぇぇ」
「あーわかった、わかりましたよ。いいですいいです着てていいです」
「…えへ」

 上条は折れた。美琴を泣きモードにすると相当に面倒になるのはクリスマスの時に味わった。
 先程のワイシャツを渡す時もそうだが、楽しみや好きな物などお預けをくらうと14歳の実年齢よりも更に幼く泣きじゃくる習性があるのだ。恐らく美琴は自覚は出来てないだろうが、半年前に上条に出会うまではこんな状態になるなんて考えもしなかっただろう。

 Q1.一体誰だ? こんな美琴にしたのは。 A.上条当麻




「はい当麻。あーん」
「あー…、むっ。ふぁふぃふぃ…」
「あっ、ご、ごめん。冷ましてなかった。ふー、ふー。はい、あーん」
「あー…、むっ。はふはふ」
「おいしい?」
「うん」
「えへへ」

 どうやら泣きモードの後はデレデレのようだ。クリスマスの時同様に一口ごとにあーんしてくるし箸は一組しかないし、隣に座ってテーブルは一辺しか使わないし。
 上条と美琴は鍋を囲み冬の寒さなどものともしていない。鍋の温かさもそうだが相当のいちゃつきっぷりでもう見てられない。
 しかし…、夫婦生活といっても上条の学生寮で過ごしている恋人ライフとあまり変わらない。つまりは寝る場所は違うだけでもうこの2人は夫婦なのだよ、きっと。

「明日は美琴ん家見てみたいなー」
「ふぇ? べ、別に普通の家よ?」
「…お前の普通は普通じゃないと思うんですが」
「本当に普通よ。お父さんは海外が多いからあまり大きい家だと掃除が大変だからって」
「ふぅん。そういえばいつも美鈴さん一人なんだよなぁ」
「でも寂しくはないみたいよ? 近所に詩菜さんいるからって」
「そっか。なんつーか、うん」
「うん? なに?」
「何か俺ん家と美琴ん家って何か仲いいよな」
「い、いい事じゃない。私はもっと詩菜さんや当麻のお父さんと仲良くなりたい」
「俺は…、あー美鈴さんも旅掛さんもあの性格だもんな。馴染むの早すぎた、うん」
「あはは。ホントよねー、子供の顔が見てみたいわ」
「…」





「(どきどきどきどき…)」

 御坂美琴はドキドキしていた。夕食を食べ終わりさっきまでリビングで上条とじゃれていた美琴は、夜遅くなってきたのでそろそろ寝ようと夕食の片付けをし和室の襖の前でモジモジしている。
 美琴が洗い物をしている間、上条は歯磨きを済ませ先にベッドインしているはずだ。洗い物をしている時にチラっと横目で見たが、和室の中央に敷布団が二つぴったりと敷かれていた。
 寝ると言い出した美琴に対し上条は、布団を持って風呂場に歩いていこうとしたので美琴が洗い物を投げ出し足にしがみ付いて静止を求めた。上条は理性の壁だとかワイシャツの隙間だとか何だとか言っていたが美琴は屈しなかった。何故ならこの夫婦生活の楽しみは約9割この瞬間なのだから。学生寮とこの部屋の違い、それは門限なく一日中上条と一緒にいれる事にある。
 上条は風呂場がダメならリビングと言ったが、美琴はくっついて離れない。美琴慣れしている上条はこの状態の美琴は何を言ってもダメだという事を知っているので折れる他なかったのだ。
 あぁ…耐えてくれよ、俺の理性。

「と、当麻ー。おまたせー…」

 何をお待たせたのか美琴はそんな事を言って襖を開け入ってきた。和室の中央で並ぶ二つの敷布団。上条は離して敷いたところで美琴は必ず隣にやってくるので諦めたらしい。
 美琴は今からその布団で上条と寝る事になるのだと思うとふにゃーとなりかけるが、ふにゃーとなったら折角の夢の時間を棒にする事になるので何とか持ちこたえる。そして美琴は意を決し(?)電気を消して上条の隣の布団に潜って行った。

「えへへ」
「…」

 美琴は隣から伝わる上条の温かさと行き使いに心底ご満悦のようだったが、当の上条はそんな事はなかった。

「(みっ、みっ、みっ美琴ォーーーーーっ!!! くれぐれも! くれぐれも上条さんの理性の壁をぶち壊す事はしないでくれよーーっ!)」

 もはや鉄壁という位を無くした上条の理性は脆く儚いものになっていた。このままでは本当に間違いを起こしかねない。

「当麻ー、寝ちゃったのー?」
「(あわわわわ…)」

 美琴の方に背中を見せて寝ている上条に対し、美琴はそんな背中をつんつんと突付く。その度にボロボロと崩れ落ちる理性はもう崩壊寸前だ。

「ぐ、ぐー…ぐー…」

 なので上条は必死に寝たふりをした。とても下手だったが。

「むぅ…、…。んしょんしょ…、えへ」
「…!」

 しかし頭の中が上条一色になっている美琴はそんな演技は見破れず、本当に寝てしまったと勘違いしてしまった。…が、それではこの余り余った何かを抑える事が出来ないので美琴は上条の布団に潜入し後ろから抱きつく事にした。
 上条はスウェットだが美琴の上半身はワイシャツに下着だけなのでその慎ましい何かと柔らかさに上条は噴火寸前だ! 今まで受けてきた電撃や龍の息吹などと比べ物にならない異能の力に、上条のイマジン理性が…イマジン理性がっ…!

 ……。

 上条当麻の意識はそこで途絶えた。





 翌日。12月30日。
 上条は窓からの光で目を覚ました。結構寝ていたのか日は高そうだ。学園都市では部屋にインデックスがいるためか寝るのは浴槽だったので久しぶりにいい寝心地だったという事もあるだろう。

「……ん?」

 上条はそこで何かに気付く。腰の辺りに何かが巻かれていて背中には自分とは違う温かさを感じる。上条は恐る恐る振り返ると―――

「ふにゃー」
「みっ、美琴たーーーーんっ!!! ね、寝起きでそればばばばばばばばばばっ!!!!」

 ふにゃーした美琴がいたのだ。上条は強烈な目覚ましを喰らい、すぐに目覚める事が出来た。…とても危険な目覚ましなので、良い子の皆はマネしないようにね!

「と、当麻…あの…」
「…ん? どした美琴たん」

 しばらくしてふにゃってない美琴は抱きついたまま小声で話し出した。どうしたのだろう。何かあったのだろうか。

「……出来ちゃった」
「…………………………………………………………………は、い?」
「えへ」
「ま、待ってくれ美琴たん。今なんて?」
「ふぇ? だ、だから…、出来たって言ったの」
「…」
「…」
「う、嘘だ。上条さんは必死に耐えたたずだ。夜はぐっすり何事もなく―――」
「夜? 朝起きて作ったの」
「あ、朝だと!? 何してんだ早くっから! そ、それに作ったってなんだ! そんな事っ―――!」
「何を作ったって? それは―――」
「ぎゃああああああっ! 言わないで! それだけは言わないでーーーーーーーーーーーっ!!!!」
「はぁ? 当麻大丈夫? 朝食くらいで何をそんなに取り乱してるのよ?」
「………………………………………………………………………………………………………………………朝、食?」
「うん。…それ以外に何作んのよ」
「あ、あぁ。朝食ね! うんうん! 分かってた分かってた…って頬を染めながら上目使いで紛らわしい言い方すんな! 今日の朝メシは何なんですかちくしょーーーーーっ!!!!」
「な、なによ。さっきそれだけは言わないでって…」
「そ、そうね! 見てのお楽しみですよね! ほ、ほら美琴たん。朝メシ食いに行くんで離れてくださーい!」
「いや」
「ぶふっ! 即否定ですか?」
「さっきまで寒い所にいたので温まるまで離れませーん」
「離せー、美琴たーん」
「ふふぁー、ほっふぇふねるふぁー(ほっぺつねるなー)」
「美琴たーん」
「ふぁんひうにゃー(たん言うなー)」
「たーん」
「ひうにゃー(言うなー)」

 上条と美琴は寝起きでもバッチリいちゃついていた。もう何か…、何かもう…あの、うん。いちゃついていた。
 ちなみに上条は昨日の夜の事は何も聞かなかったらしい。美琴が普通なのであのままきっと寝たんだきっと。そうに違いない。いや、分からないけどね?
 こうして二人のいちゃいちゃ年末年始一日目は終わり2日目がスタートしたのだった。

「美琴ー、そろそろ行くぞー」

 夫婦生活2日目は御坂家に顔を出すことになっている。
 上条が起きたのが遅かったこととその後にいちゃついてた事もあり、時計の短針はまもなく真上を指そうとしていた。
 上条は玄関で黒のコートと緑の上琴マフラーを装備し美琴待ち。美琴が言うには近所なのでそんなに急がなくてもいいみたいだが、遅くなればなるほど帰りがおそくなるぞと言ったら速攻で支度をし始めた。

「美琴たーん、まだー?」
「もうちょっとー」
「何やってんのー?」
「乾燥機ー」
「…なんで?」

 美琴は支度を始めるや否や洋服を持って脱衣所に駆けて行った。そこで何やら洗濯機をかけているのだが、それが終わると今度は乾燥機にかけているらしい。
 もうかれこれ20分くらい美琴&乾燥機待ちなのだが、しばらくすると終了のアラームがなり、それと同時に「きたっ!」という声と共に美琴が駆けて来た。

「当麻ー、お待たせー」
「何を乾燥機にかけてたんだ? そんなに急いで乾かさなくても―――」
「これ…」
「ん?」

 美琴が持ってきたのは先程まで美琴が着ていた上条のワイシャツ。触ってみるととても温かく乾燥機にかけられていた事が分かる。

「これ…、着てって」
「え? だってこれ美琴のパジャマになるんだよな?」
「う、うん。だから…、着てって」
「…?」

 上条は疑問に思いながらも、美琴が何やらモジモジしてるし着て欲しそうだったのでコートとセーターを脱ぎ捨てワイシャツを着込んだ。下着、ワイシャツ、セーター、コート、マフラー…暑い。ワイシャツが特に。
 美琴の狙い。それは上条のワイシャツをパジャマにする事。しかし自分が一晩着たために上条の匂いが薄れてしまったので、洗濯しておニューのワイシャツを上条に着て貰わなければ。もう美琴は『上条のワイシャツ』という事だけではダメになっていた。
 そして上条がワイシャツに袖を通すのを確認すると美琴は顔を真っ赤にした。一度覚えたワイシャツのあの心地よさをまた味わう事が出来ると思うだけでふにゃーとなりそうだ。

「…お前それで寒くないの?」

 美琴は茶色のコートを着てはいるが、スカート姿。上条は…というか男なら多分一度は思う事だろうが、女の子は冬でスカートというのは寒くないのだろうか。慣れとか?

「寒いけど、家近いから」




 上条と美琴は部屋を出ると美琴の実家へ向かって歩き出した。鍵を閉める際に、美琴は『上条 当麻 美琴』の表札に再度頬を染めエレベーターの中ではずっとあうあうしていた。
 一階に着きエレベーターホールを抜けると、レンガが引かれた敷地を歩き一般道に出る。

「そういえば美琴ん家までどれくらいなの?」
「ここ」
「近っ!」

 そこには確かに「御坂」と表札がかけらている一軒家があった。上条家より徒歩5分。マンションを出てからは徒歩2分もかかってないだろう。なるほど、これなら美鈴さんは寂しくないはずだ。すぐにでも上条家に遊びにいける。…つかマンションに来る前に通ったような。

「…」
「…当麻? ど、どうしたの?」
「……いえね。なんつーかもっとこう、どんな家なのかとか想像して行きたかったっつか」
「そ、そうなの? 普通だって言ったじゃない」
「普通…ねぇ」

 お嬢様でもある美琴の実家としては普通だったが、それでも結構な大きさだった。家は洋風な作り、美しいガーデニング、…ってあれ? でも美鈴さんが一人で住んでるんだよな? もしかしてガーデニングが趣味とか? 乙女の美琴の母親ならもしかしたら……。

「おや、おー! 当麻くん! 来たかー!」

 そう言って話しかけてきたのは美琴の父親の旅掛。旅掛は玄関の前の石段で腰かけて缶コーヒーを灰皿に(一番安い)タバコを吸っており、首と頭にタオルを巻いていた。
 スーツでない旅掛を見るのは初めてで大掃除中なのかジャージ姿だった。こうしてみるといいお父さんでスキルアウトなんかじゃない。…いやスーツでも違いますけどね?

「旅掛さんこんにちは。お久しぶりです」
「久しぶり。いやー、うちの美琴が迷惑かけてるみたいですまんな」
「い、いえ…って、大掃除終わってなかったんですか?」
「いやいや、昨日で家の中は終わったんだけどね。今日は庭の手入れしてたんだ。今終わったところ」
「呼んでくれれば手伝ったのに…」
「わっはっはっ。ありがとう、でもそんな事したら怒られそうだ」
「え?」
「ふぇ? な、何で私を見るのよ」
「おかえり美琴たーん」
「た、たん言うなっ!」
「何か当麻くんよりキツイんじゃない?」
「…………あぅ」
「はは」
 
 旅掛はあうった美琴に笑うともう一度タバコを吸って缶コーヒーの中に入れた。短いと濃くなるので結構くるようだ。

「ささっ、寒いだろ? 家の中にどうぞ」
「あ、はい。お邪魔しますー」
「ほら、行くぞ美琴ちゃん。何あうあうしてんの」
「あうあうあう…」




「はぁー…」

 上条は御坂家の玄関で声を漏らした。その原因は内装にあり、広々とした玄関に2階まで筒抜けな天井は開放感溢れる。廊下も広く、伸びてる方に垂直に寝そべっても余りありそうだ。

「何なのこの木みたいの。こんなの置いてあるのドラマだけかと思ってたんですけど」
「去年帰った時はこんなの置いてなかったわね」
「まぁ自分の家だと思ってゆっくりしてってくれ。半分はもう当麻くんの家だからね」
「ちょっ、旅掛さん!」
「あぅ…」
「そ、そう言えば父さんはどこですか?」
「上条さんならリビングにいるよ。そこ左ね。俺トイレ行って来るからさ」
「わかりましたー」

 旅掛はそういうと何やらドアを開けて入って行った。なるほど、あそこがトイレか。
 上条も先程言われた通りに行こうとしたら美琴が我に返りスリッパを慌てて用意した。脱いだ靴も綺麗に揃えて出来る女をアピールしなきゃ! こういう所からしっかりしないといけない。…と、学校で習ったような習ってないような。

「こ、コートはここ」
「うぉ。何この上着掛け。何かどんどん美琴と俺がつり合わない感じが出てきてるんですが」
「ふぇ? なっ、なななな何言ってんのよ! こ、これはその…、あの…」
「あー、冗談です冗談です。そんな泣きそうな顔すんなよ」
「うぅ…」

 上条はそう言って美琴の頭を優しく撫でると「お邪魔します」と言って上がった。美琴は「ただいまでもいいのに…」と小声で言ったが、上条は聞こえないフリをした。
 広い廊下を歩いていくと突き当たり、そこを左に曲がる。そうするとトントントンという音と共に何かいい匂いがしてきた。そこはキッチンのようで、エプロン姿の詩菜が何やら調理をしているところだった。既に何品かは出来上がっており、テーブルの上に並べられている。

「あら、当麻さん。美琴さん。こんにちわ」
「よ、母さん。いい匂いだなー」
「今お昼を作ってる所なんですよ。当麻さん達の分もありますから待ってて下さいね」
「マジですか。楽しみだなー……ん?」
「…」
「……美琴、たん?」

 美琴はそんな詩菜の料理を見てプルプルとしている。一体どうしたのだろうか。もちろん理由は見た目で既に負けを認めているからなのだが。
 そして美琴がプルプルしていると、リビングの方から美鈴が入ってきた。 

「おー、新婚さんいらっしゃい。…もぐっ」
「こんにちわ美鈴さん…って、つまい食いですか」
「ふぇ? …んぐっ、まぁまぁ、お二人もどうぞ」

 美鈴はそう言うとつまみ食いしたかぼちゃの煮物が入った皿を差し出した。かぼちゃの匂いと砂糖の甘い匂いが食欲をそそる。

「うまっ!」
「おいしいでしょー? ほら美琴ちゃんも」
「……あむっ」
「どう?」
「…………、おいじぃ…」
「ふふん。これは私作の料理ですよん」
「ぶぇぇ…」

 美琴の自信は完膚なきまでに打ち砕かれた。常盤台で習ってるといっても、専業主婦の料理と夫娘がいる主婦の料理には天と地の差を感じたようだ。何といっても家庭的で何か温かい料理なのだ。
 一体何が違うっていうの? 愛なの? 愛なら誰にも負けないというかごにょごにょ…。





「やっぱり美琴さんは手際いいですね。そうそう、そこに切れ目入れてね」
「は、はい」
「包丁の切れ味が落ちてきたらお茶碗かなんかの底の裏を砥石代わりに使うの。そうすると大分違いますよ」
「は、はい」
「ふふ」

 美琴は早速詩菜に弟子入りしていた。美鈴が着けていたシンプルな黒い無地のエプロンをかっさらい詩菜の隣で料理を作っている。
 詩菜が何か言うたびにいつの間に入れたのかポケットの中からメモ帳を取り出しは書き込んでいる。チラッと見えたがタイトルは「マスター主婦への道」らしい。

「何か頑張ってんなー、美琴」
「ふっふっふっ。よっぽど私の料理に敗北感を覚えたのね」
「確かに美鈴さんの料理はうまかったですよー」

 カッ――――!

「み、美琴さん。それはぶつ切りではなくて…!」
「ふぇ? あ、す、すみません! あわわ…」

 ……。

「と、当麻くん。あ、あっちにお父さんいるから行ってましょうか」
「そ、そうですね。と、父さんに会いたいなー」

 上条と美鈴は美琴から発する何かに恐怖し、犠牲になった何かに合掌するといそいそとキッチンを後にした。このままここにいて会話を進めていったら恐ろしい事になりそうだ。

「…って、あれ? 父…さん?」
「あ。当麻か、久しぶりだな」
「久しぶり…って、どうしたの?」
「…」

 キッチンの隣はリビングで、そこにあるソファーに上条の父刀夜はうつ伏せに寝ていた。腰には湿布。

「上条さん、ぎっくり腰になっちゃってね」
「…マジか」
「……恥ずかしい」
「だ、大丈夫なの?」
「もう痛みは引いてきたよ。御坂さんのご好意で昼まで休んでるんだ」
「そ、そうなんですか。まぁ…、ゆっくり休んでください」
「うぅ…掃除の手伝いに来てるのにぎっくり腰とは。情けない…」
「あー…」

 上条と美鈴は何とも言えない空気に気まずくなったが、しばらくするとキッチンから「お昼出来ましたよー」と詩菜の声が聞こえてきたので何とかその場を繋ぐことが出来た。
 刀夜は後で食うよと言うが、上条が皆で食った方がうまいだろと刀夜を支えキッチンに向かっていった。




「じゃあ、皆揃った事だし。いただきまーす」

 旅掛は合掌しいただきますコールをした。御坂家は3人家族のハズだが全てにおいて大きいので、テーブルも上条家入れての6人を余裕で配置出来ている。
 テーブルの上には様々なおかずが揃っており、とても昼ごはんだとは思えない。…が、とりあえず涎の止まらない上条はがっつく事にした。

「いただきまーす。…んむっ、うまっ!」
「ほぉ。これはうまい。昨日も頂いたが上条さんの奥さんの料理は素晴らしいですな」
「あなた。それ、私が作ったんだけど」
「…」
「ん。こっちは母さんの味付けだな」
「あらあら。分かりますか刀夜さん」
「そりゃあいつも食べてるからね」
「あらあら。うふふ」
「…」
「…? 美琴ちゃん? 食べないの?」
「え? あ、う。た、べる…」

 美琴はそう言って箸を持つが、モジモジしてるだけで料理に手をつけない。何やらおかずの中の玉子焼きをじっと見ているような。

「…?」

 上条はそんな美琴に疑問を抱きながらも箸が止まらない。ここ最近自分で食ってない上条は「がっつく」という言葉を思い出したようにまさにガッツガツいっていた。
 そして美琴の視線の先の玉子焼きにも手を付け―――

「あ…」
「あむっ。もぐもぐ…」
「…」
「うまっ!」
「……………えへ」

 上条のうまいに機嫌と言うか笑顔が戻った美琴は、先程上条が取った隣の玉子焼きを摘むと半分頬張った。一応はうまく出来てるけど…、詩菜さんには敵わないな(美鈴にも負けてるがくやしいのでカウントしない)。で、でもいつか―――!

「美琴ちゃん。ご飯食べ終わったら詩菜さんと一緒にお節作るんだけど一緒に作る?」
「…!」

 美琴は「お節」というワードに超反応した。確かクリスマスイブの時に上条が楽しみにしてたような。そしてその時に頑張って作ってみるって言ったような。

「つ、作る!」
「うふふ。一緒に頑張りましょうね、美琴さん」
「は、はい!」

「何か美琴やる気になってんなぁー」

 上条はいいところでいつも鈍感だった。美琴はアンタの為よ! と大声で言いたかったが、言ったら言ったでまた美鈴と旅掛にからかわれるので言わない事にした。

「当麻くんに食べさせたいんだよねー?」

 しかし美鈴にはバレていたらしい。あうあう…。




「かまぼこは切って紅白で並べると見栄えが良くなりますよ」
「は、はい」
「ちょうろぎうまっ」
「伊達巻も丁度いい太さにね」
「は、はい」
「数の子うまっ」

 昼ご飯を食べ終わり女性陣(主に詩菜と美琴が。美鈴は試食と言う名のつまみ食い)が料理をしている中、男性陣はリビングで食休みしていた。

「母さーん。お茶くれー」
「俺も頼むー」
「美琴たーん。俺も熱々のをお願いしますー」

 この3人は似た物同士のようだ。きっと上条が刀夜旅掛と面識が無くても絶対に息が合い、親しくなっていただろう。

「刀夜さん。ここは御坂さんのお家なんですよ? あまり行儀の悪い事はしちゃいけません」
「はい…」
「あなたも。上条さんが見てんのよ?」
「す、すみませんでした…」
「あ、アンタも! えっと…、その……とにかくぐーたらしない!」
「わ、わかりました…」

 その似た物同士に説教するこちらも似た物同士の3人。当麻、刀夜、旅掛は各々の妻(一部予定含む)の美琴、詩菜、美鈴の前で正座させられていた。11月22日の時にチラッとだけ聞いたが、頭が上がらないのは本当のようだ。
 …俺はそんな事なかったハズなのに、この場の空気が。母さんと美鈴さんが発するオーラに美琴たんが…。
 しかし何と言うか上条さんと美琴のいちゃいちゃと言うよりも、上条家と御坂家のいちゃいちゃである。もう仲が良すぎなのである。
 そんな中美琴はここにいる全員左手の薬指に指輪がはめられている事に気付き、俯いてあうあうしだした。詩菜の事は詩菜さんと呼んでいるが、刀夜の事は何て呼ぼうか? お、おおお…お義父さん、とか? ふ、ふにゃー…などと考えてもいた。

「美琴ちゃん。その調子よ。デレデレするだけが妻の務めじゃないの。やっぱり旦那をちゃんと調教しないとね」
「ふんふん」

 妻たちは旦那に説教するとキッチンに戻り料理の続きを始めた。そこで料理だけでなく妻としての心得も美琴に伝授する。

「そうですね。美琴さん? たまにはお預けにする精神も持ってないといけませんよ」
「は、はい」

 美琴は美鈴と詩菜の助言をしっかりとレポートに書き込んだ。これなら突然電池切れになっても大丈夫だ。





「…じゃあそろそろ聞いちゃいますか」
「あらあら。美鈴さんったら」

 美鈴は突然(つまみ食いの)手を止めると、詩菜に向かって笑みを見せ何かしらの合図を送った後美琴の方を向いた。
 こ、この笑み…絶対何か企んでいる顔だ。ど、どうしよう…多分って言うか絶対当麻関係の事よ。わ、私の顔が…真っ赤に……プスプス。

「そうねー、まずはその大事そうに首からかけてある指輪について聞いちゃおうかな」
「あぅ…」

 やっぱりーーっ! 当麻助けてー! …と思いリビングの方をチラッと見るが、愛しの上条は暇だったのか刀夜、旅掛と一緒にトランプしていた。ババ抜きのようで(誰がババだって?)一位刀夜、二位旅掛、負けはやっぱり上条だった。
 ところで昨日会った時に言われたが、美琴は結局料理する時は指輪を外しネックレス状にしている。汚れないにしたってちょっとは違うハズだし…。
 ちなみにここだけの話だが、美琴はシャワーと言うか風呂に入る時間が前に比べると大幅に減った。それでも結構な時間入っているのだが、理由はもちろん指輪。美琴は風呂の時も指輪を外し浴室に持って行かないため、その時間はとてもウズウズしている。
 今は夫婦生活の為同居しパジャマに上条のワイシャツを使っているが、着るとふにゃーってなるためにその隙に指輪がどこかに行きかねない。…が、ワイシャツよりも指輪の方を優先しているので大丈夫のようだ。

「いつプレゼントされたの?」
「………クリスマス」
「どこで?」
「と…あ、アイツの部屋で…」
「他には何か貰ったんですか?」
「ふぇ? そ、それは…」
「もしかしてぇー、チュウ?」
「っ!」
「あらあら、美琴さんから煙が…」
「ふんふん。当麻くんも意外と手が早いわね…」
「あうあうあう…」
「あとさ、当麻くんセーターの下にワイシャツ着てるじゃない? あれは?」
「ふぇ!? あ、あれは…その、そう! アイツが寒いって言うから厚着を―――」
「美琴ちゃん? 嘘だって顔に書いてあるわよ」
「あぅ…」
「あまり当麻くんのワイシャツに慣れちゃうと常盤台に戻ったときに寝れなくなっちゃうわよ?」
「あぅ…」
「じゃあ私からは…、そうですね。昨日の夜は何したんですか?」
「―――――!」
「ちょっ、詩菜さんストレートすぎよ! み、美琴ちゃんが―――」
「あら? 献立の事なんですけど…」
「ふ…」
「きゃーーっ! 当麻くん! ちょっと来てすぐ来て早く来てぇーーーーーーーーーーーっ!!!」
「ふにゃー」
「みっ、美琴たーーーーーーーんっ!!!!!!」

 美鈴の声に超反応した上条はグラビトン事件並の速さで美鈴と詩菜の前に割ってはいると、美琴からの漏電を掻き消した。その後は頭に手を置きトドメを刺した。
 え? 昨日の夜? それはその…、あう…。





「当麻ー、大根おろしすってー」
「うーい」

 上条と美琴は現在住まいであるマンションの部屋に帰ってきていた。ふにゃーから帰ってきたら既にお節が作り終わっており、年越し蕎麦にも取りかかろうとしたが茹でるだけだし添える大根も切るだけなので今日はここまでにしたのだ。あまり長居すると夕食の準備が疎かになるし、いちゃいちゃ出来ないっていうかごにょごにょ…。
 帰りに近くのスーパーで食材を買うと料理を作り始める。妻としての心得その1。地域の食材の相場を把握せよ。美琴はレベル5であるが故にお金には困らないためか何でも買っていたが、将来のために生活費もちゃんとしなければならない。将来のことって? そ、それはその…、本当に結婚した後とか? こっ、子供の養育費とかあうあう…。

「お。魚いい感じですね。で、大根は?」
「はい。皮ちょっと剥いてね」
「はいはい」
「ハイは一回でしょ」
「はい」

 妻としての心得その2。料理は妻だけやるものだと思わせない。一緒に作った方がその後も楽しく食事できる。

「出来たー」
「お疲れ様。じゃあ食べよ」
「おー、ってあれ? 今日は向かいに座るのな」
「な、何よ。普通でしょ?」
「まぁ…、俺はいいけど」
「うっ」

 妻としての心得その3。たまにはお預け。たまにはお預け…って、私がお預けされてるような! ふにゃーーーっ!!!

「うまうま」
「うぅ…」
「どしたの美琴たん。食わないの?」
「ふぇ? た、食べるわよ! もぐもぐ…」
「…」

 そこで上条は思った。これは久しぶりの素直になれないツンツンモードの美琴なのだ、と。そして美琴マスター上条当麻は少しばかしいじわるをしてやろうと思ったのだ。

「はい美琴たん。あーん」
「ふぇ? あー…って、んんっ! じ、自分で食べる!」
「………あ、そういえば今日はいっぱい汗かいたからワイシャツは洗濯しなきゃなー」
「ふぇ!?」
「今日は冷えるみたいだから温かくして寝たいなー。そうだ、湯たんぽ! 湯たんぽでも使おう」
「あ、ああああの…!」
「まだ早いけど今日はご飯食べ終わったら早く寝るかな。明日は大晦日で遅くまで起きてるしね」
「ふにゃーーーーーーーーーーーーーっ!!???」

 ツンツン妻モード美琴陥落。その後は瞬時にしてデレデレになり上条の隣にやってきては箸を奪い取りあーんしまくった。流石はレベル5。状況に応じて柔軟に対応する脳を持っている。…ただ我慢できなくなっただけだが。
 そしてワイシャツを上目使いで脱がせると昨日と同じくまた脱衣所で倒れ、上条に担がれてリビングまで運ばれる。だって気持ちいいんだもん。





「ほら、美琴。もう遅いから寝るぞー」
「もうちょっと…」
「…俺先寝る―――」
「行く」

 上条はふにゃふにゃな美琴とじゃれ合うと、和室に入っていった。年末という事もあり特番が組まれていたテレビ番組を一通り見終わると結構な時間になってしまった。まぁ明日は夜までに御坂家に行けばいい約束をしたので寝坊するには全然問題ないのだが、正月といえど正しい生活を送らなくてはならない!(意識が薄れてくると何かしでかしそうなのが本意)。

「今日は一段と寒いなーって美琴たん。お前ホントに大丈夫か? ワイシャツ一枚で」
「寒い」
「そりゃ寒いだろうがよ。何か着てきた方がいいんじゃないの? 風邪でもひいたら厄介ですよ?」
「布団の外はもっと寒い」
「…ったく、ほら」
「ふぇ?」

 そう言うと上条は自分の布団を開け、美琴に「おいで」のサインを出す。本当に風邪なんかひかれたら厄介だし、さっきちょっといじわるしてしまったのでそのお詫びも兼ねてるのだ。流石美琴マスター上条当麻。ツンデレの扱いに抜かりはない。

「…いいの?」
「寒くて寝れないんじゃ困るでしょ」
「……えへ」

 美琴はモゾモゾと上条にくっつくと優しく抱きしめた。そうすると先程までの寒さが嘘のように全身を温かくなり心地よい睡魔に襲われる。上条は何か別なのに襲われる。…が懸命に表には出さない。
 今日も幸せの時間が終わっちゃう。でもいいんだ。夢でもいつも一緒だし…。また明日も明後日も、この先ずっとずっと一緒だし。えへへ。

「おやすみ、美琴」
「おやすみ、とう…ま」

 そして二人は夢の世界に入っていった。現実でも夢の中でもバッチリいちゃついてる上条と美琴は、もう他の人から何もいえない。言っても無駄なくらい熱いのだ。冬の寒さ、仮にふぶきが吹こうとも心地よいそよ風になるだろう。
 上条当麻と上条(仮)美琴の同棲生活、いちゃいちゃ年末年始2日目終了。明日は大晦日でいよいよ新年を迎える。いい年で、ありますように…ふにゃー…。

 12月31日、夫婦生活3日目の大晦日。夜中寒かったのか上条当麻は何かを抱きながら眠っており、目が覚めたら目の前にいい匂いがする茶色の頭があった。
 それはもちろん昨日一緒に寝た御坂美琴。上条が目を覚ますと美琴は既に起きていたらしく、かすれそうな声で「おはよう」と言った。ふにゃーしそうなものだが、2日目の朝と違い上条が美琴の事を抱いているので漏電はしない。
 どうにも寝心地がいいのかまた寝坊してしまったようで、時計を見ると10時近くになっている。昨日もこの時間くらいに起きたのだが、今日はどうやら美琴は朝食を作っていないらしい。理由は一つ。上条に抱きつかれていて動きたくても動けなかったからである。…まぁ、動きたいなんて思ってなかったみたいだが。
 その後は二人で一緒に起き上がり朝食を一緒に作った。今朝は昨日の特売品でもある納豆に目玉焼きに詩菜から伝授した味噌汁。うまい。

「そ、そういえば今日の午後なんだけどさ」
「ふぁい?」

 美琴は納豆をウネウネさせながら上条に話しかけた。上条は海苔を半分口に入れた何とも笑える状態で美琴の方を見る。

「わ、私ちょっと用事があるから実家の方に行ってるね」
「ぱりぱり…んぐっ。そうなの? じゃあ俺も―――」
「だっダメダメ! 当麻はここにいて! 3時には戻るから!」
「…まさか皆で壮大なドッキリを仕掛けて俺を笑いものにしようと!」
「そんな事しないわよ。ね? お願い」
「まぁいいけど」
「ありがとっ!」

 …という会話もあって現在上条はマンションの一室にて一人何するわけもなくぽけーっとしながらテレビを見ていた。平和だ。実に平和だ。
 しかし何か引っかかる。それは美琴に関する事ではなく自分の…何かこう、いつも忘れている事を忘れているような…。今日は12月31日。冬休みもあと一週間をきって新学期が始まる。始まる……新学期? あれ? 冬休みですよね? 春休みではなく冬休み。つまりは課題―――

「…」

 上条当麻の時間は停止した。リモコンの持つ手も瞼も呼吸も。テレビの中ではお笑い芸人がギャグを連発してるが眉一つ動かさない。もし会場の観客が全て今の上条の状態だったのなら、その芸人は舞台を降りた瞬間に解散するだろう。
 そういえば冬休みに入ってからは美琴と一緒に遊んでる記憶しかないような…。所々に補習はあったが、正に「勉強した気」になっていた。
 そして上条は忘れていたように目を閉じると、大きく息をゆっくりゆっくり吸う。咆哮のために。最悪発狂の可能性もある。そして肺に酸素を送り込むのを止めると、目を大きく見開き―――

「……っかぁ~~~~、まぁいっか。休みの間ずっとここにいるわけじゃないし。3、4日余裕あるし」

 最大に息を漏らした。上条は半ば諦めたのだ。…いや、諦めてはいませんよ? でも課題は学生寮のテーブルの上なので仕方ないですよね、うん。そして3、4日で課題が終わらないって言うのなら、まずはそのふざけた幻想をぶちころろ。




 そんな中、上条当麻の妻(予定)御坂美琴は御坂家の和室にて美鈴、詩菜に振袖を着付けてもらっているところだった。
 紺をベースにした落ち着いた感じの振袖は裾側から美しい花の刺繍が入っており、14歳の美琴でも少し大人の風貌を漂わせる。

「去年までは振袖なんて全然興味なかったのに、なーんで今年に限って着たいって言い出したのかなぁ?」
「あぅ…」
「まぁまぁ美鈴さん。…どうですか美琴さん? 苦しくない?」
「は、はい。ちょっと苦しいですけど…大丈夫です」
「あはは、それにしても昔の私の振袖が入ってよかったわ。腰の折りが私より少ないのはショックだけど」
「美琴さん足長いですからね」
「ふぇ? そ、そんな…」
「…まぁ私が14の時より胸は無―――」
「言うなーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

 そんなこんなで美琴は振袖に着替えていた。美琴は髪が短いため、かんざしではなく薄いピンクの花が可愛らしい髪留めを使用している。いつもつけてるヘアピンよりちょっと大きい。

「美琴ちゃんはまだ化粧はしないで素のままでね」
「う、うん」
「でもこの魔法を香水を授ける!」
「ふぇ?」

 美鈴はそう言うとポケットから紫のビンを取り出し美琴の手首にシュシュッとかけた。美琴は両手首で擦り合わせると掌にも広げ、首筋にも触れ香りを広める。

「いい匂いですね」
「でしょ? 私この匂い好きなんですよ」
「…」

 美鈴の魔法の香水は確かにいい匂いがした。それほど強い匂いじゃないし、ほのかに香ってくる。
 で、でも私は朝まで着てた当麻のワイシャツの匂いの方がごにょごにょ…。

「よし完璧! 行ってきなさい美琴ちゃん! 当麻くんを完全におとしてくるのよ!」
「わ、わかった! ありがとね!」
「美琴さん、草覆バックと草覆も忘れずに」
「そ、そうでした。…じゃあ行ってきます! 夜には来るから!」
「「いってらっしゃーい」」 

 そして美琴は駆けて行った。しかし振袖でいつものように走ろうものなら結果はもちろん壮大な大転倒で、美琴は頭から襖に突っ込んだ。そして丁度その時廊下を歩いていた刀夜は、いきなり襖から美琴の頭がズボっと出てきたのでビックリして尻餅を着き、また腰を痛めてしまった。
 す、すみません、おっおおっおと…お義父さ―――プスプス。

「美琴ちゃん? 元気なのもいいけどたまにはお淑やかにしないとダメよん」

 美琴はあうあうしながらもう一度着付けを美鈴と詩菜にしてもらうのだった。そして刀夜は旅掛に肩を借り、またソファー行きになったのだった。





「落ち着け、美琴たーん…」

 上条当麻はそう言うとソファーの上で寝返りをうった。現在時刻は午後3時を回ったところで、本来なら美琴が帰ってる時間だが3時ギリギリまで着付けをしていた美琴がいざ向かおうとした矢先に色々大破させたので現在絶賛着付け中&掃除中なのだ。
 リビングにあるソファーは背が低く、一般のソファーと座椅子の中間くらいのやつで、この高さなら落ちても痛くないだろう、多分。落ちてもというのは妙に上条の寝相が悪いからである。普段はそんな事ないのだが今見てる夢がそうしてるのか上条はバタバタしている。
 もちろんこんな状態であるならば落ちる事は目に見えており、しかも不幸体質なため上条は顔面から床に落ちてクリスマス以来のキスをするのだった。

「いてて…鼻打った……って、あれ? 夢か。妙にリアルな…、振袖姿の美琴たんが部屋にやってきて、そのあまりの可愛さに言葉が出ず、何を思ったかキスをしたらふにゃーされる夢を見たぜ…」

 上条はあぶねぇあぶねぇと言い、手の甲で汗を拭うと時計を見る。そろそろ午後3時30分だ。確か3時には美琴は帰ってくるって言ってたけど…何かあったのだろうか? もし何かあったら大変だ! よし、すぐ行こう! 今行こう! 早く行こう! と、上条は走って玄関へ向かった。ただ単に上条は暇だったのだ。

「よーし、待ってろ美琴たん。今この上条当麻が迎え―――」
「たっ、ただいま! 遅れてごめんねっ」
「に?」

 上条が早口で言いながら靴紐も結んでいるのと同時、美琴が帰ってきた。

「…」
「あ、あれ? 当麻? どっか行くの?」
「…」
「ちょっと、おーい?」
「…」

 美琴はもしもーしと上条の前で手をふりふりさせるが上条の反応は無い。それもそのハズで今の美琴は先程の上条の夢そのものだった。紺の振袖に薄ピンクの髪留め、可愛らしいバックに上条は名前は知らないがサンダルみたいやつ。
 …あ、あれ? 何だ? 体が勝手に動くんですが―――

「美琴」
「ひゃ、ひゃい! んっ―――」

 上条は立ち上がると美琴の両肩を掴み、唇を奪った。いきなりな上にちょっと強かったのか美琴はびくんとなったが、上条が放つ何かしらのオーラで全くもって動けなかったのだ。

「んんっ、ん…あふ」
「――――っはぁ、………あ、あれ? 俺は今まで何を…って美琴、たん? どしたそんな綺麗な格好して」
「…」
「…? 美琴たん? 美琴たんってば、おー―――」
「っ」
「い?」

 キスされた美琴はしばらくの間意識不明の重体であったが、やがて回復すると上条の胸に顔を埋めて抱きついた。ふにゃーとならない! これは素晴らしい進歩だ! …が、美琴は抱きついたまま動かない。こっちはこっちで何かと厄介なようだ。上条を振袖姿でおとしにきた美琴であったが、成功した先の事を考えてなかったのでいつも通りになってしまった。
 だっ、だってしょうがないでしょ! 好きな人とのキスがこんなに気持ちいいのが悪いのよ! わ、私が悪いんじゃないんだから!




 美琴が上条のマンションに帰ってきたのが3時半頃。そして時刻はもうすぐ7時になる。上条と美琴はこの3時間半の間に何をしていたのか。今日は大晦日ということで夕食はお節に年越し蕎麦だ。もう出来ている。では何を? 答えとなりそうなのは沢山あるが一つ言うと、ただひたすらに美琴が上条座椅子を堪能していたのである。
 最初の頃は何やらいい匂いがするなとか、何かいつもとは違う美琴たんに上条さんはたじたじですよとか言ってたが、さすがに3時間半はもたなくテレビを見たりほっぺをつねったりしていた。
 テレビでは既にカウントダウンが始まっており、新年まであと05:02:13らしい。生放送でスタジオには普通の番組で顔となる有名人が顔を揃え、そして芸人は地方に行き企画をしている。他チャンネルでは紅組と白組に別れ歌合戦してるし、また他チャンネルでは絶対に笑ってはいけない何かもやっている。上条はこの番組で美琴と勝負をし、笑ったら「美琴たんアウトー」とほっぺをつねっていたのだ。ちなみに僕のオススメは病院かハイスクールです。

「あはは」
「はい美琴たんまたアウトー」
「むふぇー」
「ってもうこんな時間か。これ始まってからすっかり見入ちゃったけどそろそろ行かないとな」
「ふぇ? も、もう行くの?」
「いやだってもう7時ですよ? 腹減らない?」
「減らない」
「本音は?」
「減った」
「だろ? あまり遅くなると父さん達が飢えてしまいますからそろそろ行かないと」
「うぅ…」
「……、早く美琴の作ったお節が食べたいなー」
「…!」
「すげぇうまいんだろーな。美琴が頑張って作ってくれたんだもんなー」
「と、当麻! そろそろ私ん家行こ! 母達が全部食べちゃうかもしれないし!」

 美琴は完璧に毎度の事に引っかかっていた。釣堀にいる魚でももう少し警戒するであろう針付きの餌を食べ、丸呑みしてしまうのだ。これは面倒くさい。口元なら簡単に針は外せるが丸呑みとは。受付のおっちゃんに針飲んじゃいましたと言いに行かないといけないのだ。
 だが頭の中が上条一色になってる美琴は餌に針が付いてる事など全く気付かず、釣り上げられた後も元気にスリスリしてくる。
 上条の部屋からは徒歩5分だが、その時間はエレベーターの現在位置に大きく左右される。部屋がある階に止まっていれば早いのだが、一番遠かったり閉まった瞬間だったりするとこの上ない絶望感に見舞われる。快速電車に乗りたいがために階段を駆け下りたが黄色い線で閉まってしまったのと同じ、ゲコ太ストラップの為にクレープ屋に並び目の前でストラップ切れになってしまったのと同じ、期末や中間テストで29点取ってしまったのと同じ。ちくしょう、あそこを「ア」にしておけば…。だって鉛筆が「ウ」にしろってごにょごにょ…。
 上条の不幸からエレベーターは一番距離がある所にあると思ったが、美琴がその不幸を中和してくれてるのかエレベーターは一階上にあり、しかも下ってくる。ありがたや、美琴さん。
 扉が開くと、そこにもまだ若いカップルがいて上条達と同じく男の方は私服で女の方は振袖姿だった。…が、決定的に違うものがある。それは―――

「(で、でかい…!)」

 何がでかいのか。それはとても言えた事ではないのだが、その上条の一瞬の戸惑いを見逃さないのが御坂美琴であった。
 美琴は「むっ」とした表情になり、その女の人から一番遠い所に上条を押し込むと、握っている手の力と強めぴったりと寄り添った。狭いエレベーターだが4人しかいないのならそこまで窮屈では無いはずなのだが、上条は何とも言えない息苦しさを感じる。…まぁ、実際苦しいんですけどね。
 一階に着くと扉に近い上条達が普通なら先に出るのだが、美琴が全くもって不動のため奥にいるカップルに先に出てもらった。変に思われないように上条が「どうぞ」と言って。しかしそのカップルがいなくなるとエレベーターの中はさらに息苦しくなる。何故だ。密度は減ってしかも扉は開いてるのに…。

「すっ、すみませんでした」
「なにが?」
「え…っと、その…すみませんでした」
「別に、怒ってないもん」

 確かに美琴の顔は言葉通り満面の笑みだった。なので怖い。アクション映画などのラスボスクラスの奴がマシンガンを持っている主人公に素手で笑いながら近寄ってくるような、そんな恐怖感がある。上条は美琴がたまに垣間見せるヤンのプレッシャーにただただ謝り続ける事しか出来なかった。なので上条は絶対に浮気の類の事はしないだろう。ここに関してだけ言えば美琴は既に詩菜が手を焼いたフラグ男の調教を完了していたのだ。
 もう見ません。何も見ません。美琴さん以外のは何も見ません。美琴さんのがベストです。最高です。慎ましさが最高でごほごほっ。

「早く行こ」
「は、はひ」




 御坂家に着くとリビングの方から笑い声と何かに耐える声が聞こえてきた。どうやら刀夜達も笑ってはいけないシリーズを見ていたようだ。昨日の昼と違い、今日はリビングで夕食を取るのかキッチンは綺麗になっている。美琴はこの様を『妻としての心得その13、支度は後片付けまで』に当てはめた。

「お、来た来た。遅いじゃない美琴ちゃん、何やってたのよ」
「べっ、別になんだっていいでしょ! …す、すみません遅れてしまって」

 美鈴にはキツくあたるが刀夜と詩菜には礼儀正しい御坂美琴14歳。それを受けて詩菜が美鈴をなだめるという公式が出来つつある。
 既に宴のスタンバイは完了しているのかお節などが並べられており、席も決まっていた。方や詩菜、美鈴、空席。方や刀夜、旅掛、空席だ。これはもう座る場所は決まっている。
 いや…、それにしても美鈴の前に大量にスタンバってる酒は何なのだろうか? あれ全部飲むの? と思わせる酒がそこにはある。

「当麻くん、当麻くん」

 旅掛は何やら小声でちょいちょいと上条を呼ぶ。それに気付いた上条は美琴を美鈴の隣に座らせると、自分も旅掛の隣に座った。旅掛は美琴の方をチラチラと見ているので、上条もつられて美琴の方を見る。美琴は何やらこそこそしている上条と旅掛に「なによ」と言うが、旅掛は笑ってるだけだった。

「あの振袖姿…、なかなかの破壊力だっただろ?」
「ぶふっ! ふ、振袖…? まぁ、はい…見てしばらく自我を失ってたようで」
「普段は女の子っぽくないのに突然ああいう格好で現われられるとなぁ、こっちはもう耐え切れんよな?」
「…あれ、まさか旅掛さんもですか?」
「あれは妻のお下がりだ、間違いない。しかもコンビ技として何やら思考を鈍らせる香水もつけてるらしくて…」
「は、はぁ…?」
「しかし…、あれを着た美琴ちゃんは昔の妻そっくりだな」
「…という事は美琴もゆくゆくは美鈴さんみたいな」
「そうだ。ぼんぼんぼんになるんだ」
「誰がぼんぼんぼんよっ!」
「ぐはっ!?」

 美鈴からお猪口が飛んできた。旅掛はそれを鼻で受ける。それと同時に注がれていた液体が宙に舞い…って、え? 液体? これはなんでせう? と上条は思っていたが、美鈴の後ろには既に空のビンが何本か転がっていた。
 しかし…あの振袖が旅掛をもおとしたなんて。これは何か凄い魔術を秘めているに違いない。しかし幻想殺しでは消えなかったので普通に美鈴と美琴のギャップに旅掛と上条が耐え切れなくなっただけだろう。それに素晴らしい情報も入った。あまり大きな声では言えないが、あのきゅっきゅっきゅの美琴たんがぼんきゅっぷりの美鈴さんみたいになるなんて…、まぁ母子なので似るのだろうけど。
 そう思うと上条はちょっとだけニヤニヤする。だってあれじゃないですか。男はさ、やっぱりごにょごにょ…。





「「「「「「いっただっきまーす」」」」」」

 上条御坂両家の年末の宴が始まった。また腰を痛めたのか刀夜は詩菜に色々取ってもらい、美鈴は心置きなく酒を頬張り、旅掛も鼻を擦りながら蕎麦を食べている。…が、やっぱり美琴は箸を持ったままフリーズしていた。

「…」

 美琴は何やらお節の中をじっと見つめている。なるほど、この中に美琴が手がけた料理が入っているのか。伊達巻や数の子は市販の物を切っただけだろうし…ん? こ、これは玉子焼き! 上条は恐る恐るそれを箸で取ると―――

「あ…」

 と美琴は目で追ってきた。これだ、これが美琴特製玉子焼きなのだ。上条はその玉子焼きを半分ぱくりと食べると、美琴の方を向いた。

「うまいよ」
「………えへ」

 何故自分が作ったのがばれたのたのだろうとちょっとビクっとした美琴であったが、素直に喜ぶ事にした。そしてまた上条が取った隣の玉子焼きを小皿に取ろうとすると―――

「あむっ」
「あ」

 狙っていたのか隣の玉子焼きは美鈴の口の中に消えていった。美琴はまた箸を持ったままフリーズ&ぷるぷる&うるうるしている。こ、これはマズイ! 早くなんとかしないと…! と上条は半分残っていた玉子焼きを素早く美琴の小皿に置いた。

「…!」

 しかしそれが更に美琴を悩ませる原因になった。この半分の玉子焼き。つまりはかっ…、かかかっ…間接ふにゃーって事で…。と既にキスを済ませているカップルが間接で何をそんなに悩むのかと思うところだが、美琴にとっては一大イベントのようだ。
 美琴は夏休みのホットドッグの時みたいに玉子焼きの角を小さくかじった。もちろん上条が口をつけた所を。その後美琴は頭からちょっとだけぷすぷすと湯気が出ているが、換気されていく。
 上条はホッとすると改めて初お節を頂くのだった。うまい。しかし何だかんだ言って美琴が作った玉子焼きが一番美味かった。





 宴開始から2時間程過ぎた頃、リビングで動いてるのは詩菜、上条、美琴だけになっていた。
 上条と美琴が来る前から既に酒をいっていた美鈴はいち早くダウンし、旅掛に連れられ今はソファーで爆睡中。刀夜は何とか腰の痛みに耐えてはいたが、リビングのテーブルでは低かったのか腰の痛みに耐え切れなくなったようでフローリングで休養中。旅掛は全然元気だったが、ちょっと一服と言って行ったっきり帰ってこない。酔い冷ましも兼ねてるのだろう。
 旅掛がいなくなったこともあり上条の隣の席が空いたので美琴は速攻でそこに陣取り、詩菜に気付かれない程度にあーんしたりテレビ見たりしていた。この2人はまだ未成年で酒は飲まないためまだまだ元気だった。お腹はいっぱいだが。
 しかしここで気になるのは上条の母、詩菜。美鈴がまだ元気だった頃に隣にいた詩菜は相当に飲まされていたが大丈夫なのだろうか。見ると頬を少し赤く染めているだけで平気そうだが、今やってる行為が平気そうじゃなかった。

「…はぁ。…っぱぁ。…ふぅ」

 詩菜は常温、冷や、熱燗様々な酒を一定のテンポで飲んでいる。待て、待つんだ母さん。それ以上飲んではいけない。

「か、母さん…?」
「…? なんですか?」
「えっと…、大丈夫か? そんな飲んで」
「ふふっ、いやですね。これくらい大丈夫ですよ」
「そ、そうですか」
「それより刀夜さん? さっきから私がいるのになんで美鈴さんとそんなにいちゃいちゃしてるんですか?」
「…は、い?」
「そんなに大学生がいいんですか?」
「ま、待ってくれ母さん。俺は刀夜でもなければ隣にいるのは美鈴さんでもない」

 と上条が言って刀夜の方をチラッと見るが刀夜は目を閉じていた。あ、あれは寝たフリ…! この状態の母さんは危険だと知って…、くっ!
 そして詩菜動き出す。大瓶にお猪口を持ってフラフラと上条に近づいてきた。上条はちょっと涙目になっている。理由は怖かったから。

「し、詩菜さん落ち着いて。私は美琴です、御坂美琴」
「美琴…さん?」
「は、はい!」

 上条の危険を感じたのか美琴は必死に詩菜を説得にかかった。そして美琴の声が届いたのか詩菜は美琴の顔をじっと見る。近い。

「あらあら。ごめんなさい美琴さん。てっきり美鈴さんかと思って」
「い、いえいえっ。全然いいんですよ! あはははは…」
「でも刀夜さん?」
「へ?」
「当麻さんの婚約者までに手をかけるとはいけませんね。ちょっとこちらへ」
「だーーーっ! だから俺は刀夜じゃなくて当麻だっつの!」
「嘘ならもう少しマシな嘘をつきましょうね」
「と、当麻!」
「助けて美琴たーん!」
「美琴さんはちょっとここにいてくださいね」
「ふぇ? で、でも…」
「いてくださいね?」
「は、はひ!」

 そして上条は詩菜に連れて行かれた。美琴は久しぶりに味わう戦っても敵わないプレッシャーに膝から崩れ、刀夜は心の中で息子に謝り続けた。母さんは『アレ』をやるつもりだ…。『アレ』は嫌だ、『アレ』は嫌だーっ! と、11月22日の時に脅された『アレ』に刀夜は恐怖していた。
 そして暫く経った後、御坂家のどこかから上条の悲鳴が聞こえてきたのだった。





「あ、あれ…? ここは…?」
「あ、気がついた」
「美琴…?」

 上条は気絶していたのか目を覚ますと詩菜に連れて行かれた場所とは違う所にいた。可愛らしいインテリア、棚には無数のぬいぐるみ。

「ここ私の部屋なんだ」
「なるほど。どおりでカエルがいっぱいいると思った」
「常盤台に入りきらなくなるといつもここに送ってるの。年に二回くらいしか帰ってこないけど、その時会えるから」
「そっか。…って、あれ? 何か枕が柔らかい」
「あぅ…」

 上条はベッドに横になっていたが、正確には頭を美琴のももの上に乗せ膝枕状態だったのだ。今回美琴は振袖姿のためにいつぞや味わった直の柔らかさではないが、それでも温かく気持ちいい。
 見上げればあの時と同じように美琴が見下げており、えへえへと額と頬を優しく撫でてきている。

「そういえば、母さんは?」
「詩菜さんはお父さんが連れてきた。酔いつぶれたらしいって言ってたけど。今リビングで寝てる」
「そっか…って、俺結構気失ってた?」
「うん。もうすぐ明日になる」

 美琴はそう言うと時計を見る。上条も美琴の視線の先を見るが、そこには可愛らしい猫の掛け時計があり、あと1、2分で新年になるらしい。歌合戦も、笑ってはいけない何かも終わってしまっただろうか。

「あー…、年の終わりが気絶で終わるとはいかにも上条さんらしいですね…」
「…あ、あのさ」
「うん?」

 上条の言葉に美琴は何か言いたいのかモジモジし出した。美琴のこの状態。何やら恥ずかしい事をしたいかしてほしい時なのだが、気絶していて思考がうまく回らない上条には鈍感もさることながら美琴のそれを感じ取る事は出来なかった。

「あ、あの…! よ、よく言うじゃない? 終わりよければ全てよしだとか、何事も始まりが肝心だとか」
「あー…、まぁうん。…で?」
「だっ、だからさ…その」

 美琴は気付いてくれない上条にあうあうしっぱなしだ。長針も59を指し、秒針も30を過ぎたところ。あうあうあうあう。

「…美琴、ちょっと」
「ふぇ? な、なに? んっ―――」

 美琴は上条に何やら内緒話でもするポーズを取られ、顔を近づける。実は上条は美琴があうあうしてる時に気付いたのか、近づいてきた美琴の顔を両手で押さえると、そのまま唇を奪った。美琴が欲しがっていた終わりと始まりを繋げる年越しキスを。

「――っ、明けましておめでとう。美琴」
「ふにゃー」
「えええぇっ!? こ、ここでですかばばばばばばばばばっ!!!!!???????」





 リビングに行くと美鈴と詩菜は爆睡しており、旅掛と刀夜で一杯やっていた。もう料理やお節の箱は残ってなく、テーブルの上にはお酒と上条達が飲んでいたお茶があるくらいだ。

「おぉ当麻生きてたか。明けましておめでとう、美琴さんも」
「当麻くん美琴ちゃん、明けましておめでとう」
「おめでとうございます」
「ふにゃー」
「あ、すみません。ちょっと風に当たってきます」
「おぉ。あ、それなら初詣に行ってくるといい。私達は母さん達があの状態だから明日の昼にでも行ってくるからさ」
「初詣…分かった。行ってくるよ」
「当麻くん」
「はい?」
「今年もよろしくな。美琴ちゃん共々」
「は、はい。じゃあ…ほら、行くぞ美琴」
「ふにゃー」
「…」
「…御坂さん」
「なんでしょう上条さん」
「娘さんを、息子にください」
「あっはっはっ。何を言いますか上条さんは。もう結婚してるようなもんですよ」
「あっはっはっ。それもそうですな。ささっ、御坂さんも」
「おぉ、すみません。いやぁ…今年は酒がうまくてうまくて」
「子供に感謝ですな」

 ……と、騒ぐ父親達を他所に上条は玄関先で止まっていた。深夜なのでとても寒く、コートとマフラーは欠かせない。美琴も振袖だけじゃ寒いと思い、丁度よく着物系に合いそうなふかふかしてるのがあったので上条は美琴の首に巻きつけた。
 さて、問題はここからだ。何せ初詣の神社の場所を知らない。これは美琴がふにゃーから帰ってくるまで待たないといけない。普段部屋の中でならいくらでも待つのだが、外は寒いし中には父達がいるしでとにかく美琴が早く起きてくれる事を願うだけだった。
 なので上条は対ふにゃー用の特別攻撃を開始する事にした。上条はふにゃふにゃの美琴の耳元に口を持っていくと―――

「美琴。俺先に寝るからなー」
「ふにゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!???」

 美琴にしか効かない呪文を唱えたのだった。次の瞬間ふにゃーから即刻帰ってきた美琴は「私も一緒に寝る」だの「お風呂入り終わるまで待ってて」だの「ワイシャツ貸して」だの言って来たが、訳を話し神社まで案内してもらった。美琴は安心したようなガッカリしたような感じで、だが楽しそうに上条の腕を引っ張って初詣に向かった。





 初詣の神社は流石に人ごみに溢れていた。ここまで来る道で段々と増えていく人だかりに上条と美琴は歩きづらさを感じだが、美琴がしっかりと上条の腕を抱いている事と押し寄せる人の圧力でさらに接近する体に美琴はとても嬉しそうだ。
 屋台も沢山出てるし、おみくじや名前があるのだろうが鈴をじゃらじゃら鳴らすやつもある。
 上条と美琴は、屋台はとりあえず後回しにして最初はじゃらじゃらに向かった。結構大きめの神社なようで一度に3人じゃらじゃらできる。しかしこの圧倒的人口の前に中々進まなかった。

「美琴は何をお願いするの?」
「ふぇ!? そ、それは言えない。言ったらダメだって聞いたことあるし」
「そうなの? 終わった後じゃなかったっけ?」
「ど、どっちでも! そういう当麻は何をお願いするのよ」
「俺? 俺は美琴と――――」
「わっわっわっ! いいっ! やっぱり言わなくていいっ!!!」

 などと公然いちゃついていると、上条達の番が回ってきたようだ。上条と美琴は互いにお賽銭を投げ入れ、願い事をした。上条はとてもシンプルな願い事だったのかすぐにその場を離れたが、美琴は何やら沢山お願いしてるのかなかなか動かない。やっと終わったのか上条の元にやってきた美琴の顔はりんごのように真っ赤だった。

「美琴たん。神様も大変なんだから何か一個にしないと」
「あぅ…」
「ほら。次は…、おみくじ……は止めといて」
「ふぇ? な、なんで?」
「いえね。何か凶じゃないにしても不幸になりそうな予感がビンビンと…」
「そ、そうなの? じゃあ…お守りだけ買って行こ!」
「それなら全然OKですよ。じゃあ俺は…家内安全、身体健全、厄除け・方除・災難除け、学業成就、お金の源『種銭』(切実)…くらいかなぁ」
「や、やたら買うのね」
「このお守り達を右手で触れる事なくバッグに大事に入れておく事がポイントなのですよ」
「ふぅん。じゃ、じゃあ私は…恋愛成就のお守りを」
「恋愛成就…? まさか美琴たん! 俺の他に男が!」
「ふぇ!? ち、違うわよ! わ、私はその…あうあうあうあう」
「ふーん、美琴さんはもう上条さんなんかどうでもいいんだ、ふーん」
「あ、いや、違っ…あの……、ふぇぇぇ」
「うわっわっ! じょ、冗談です冗談! す、すみませんお守りくださいな!」

 楽しみ等をお預け喰らうと泣きじゃくる習性+上条に勘違いされてもうどうにも耐えられなくなった美琴はぽろぽろと泣き出した。
 上条はちょっとばかしいじわるが過ぎたのかと、美琴に「恋人ならこっちのお守りがいいですよ」と巫女さんが勧めてくれたお守りを買ってあげた。『愛を育むお守り』を二個購入。上条はそれを急いで自分と美琴の手に乗せると頭を撫でてあげた。周りからの視線も突き刺さり気まずいからである。
 美琴はそのお守りを見るとぴたりと泣き止み、変わりにえへえへと笑いだした。そこでようやく上条は一息つけた。振袖美少女と初詣デートをしているだけでも殴られそうなのに、それに加え泣かせしまったとなればそれはもうフルである。フルでボッコボコである。上条は命永らえると、いそいそとお守り売り場から離れた。
 ありがとう身体安全のお守り。さっそくご利益があったみたい。




 屋台は後で…と言ったが、夕食にお節と蕎麦をこの上なく食べたのでお腹いっぱいの2人は、美琴がどうしても欲しいと言ったゲコ太お面だけ買って神社を後にした。
 帰りの夜道をえへえへと笑いながら歩く美琴嬢の姿は知人でも恐怖するかも分からない。とりあえず上条は怪しまれないように美琴にお面を被せると腕を引っ張りちょっとだけ早足で歩く。
 上条と美琴は御坂家まで帰ってくると、リビングへ向かった。…が、そこには起きている者は一人としていなく、みんな夢の中のようだ。美鈴と詩菜は家を出る時を同じポーズで寝ているし、旅掛と刀夜はテーブルに額やほっぺをつけて寝息を立てている。
 さすがにこのままでは風邪をひくだろうと思った2人であったが、どうやっても起きる様子はないので寝室から毛布も持ってきてかけてあげた。全く…世話の焼ける親御さん達だ。しかし美琴は何やら楽しそうだった。
 刀夜と詩菜が泊まっているので美琴の部屋の毛布も使わないと間に合わかったらしく、上条と美琴はマンションの方に帰る事にした。戸締りOK。元栓OK。電気OK。暖房…は弱めにかけておこう。
 美琴は御坂家を出る前に私服に着替えたいらしく、上条を待たせ和室で着替えを始めた。せっかくの振袖なのに一日だけでいいのかと聞いたのだが大まかな目標は達成したし、やっぱり着づらい事もあったらしい。

「おまたせ、じゃあ帰ろ」
「帰ろって…、ここが美琴ん家じゃないですか」
「いいえー。今は上条ですー」
「…指輪を取ると」
「ふぇぇ…」
「…戻すと」
「えへ」
「…ほら、いくぞ美琴」
「うん!」

 そういうと上条はリビングに置手紙を置いていくと、美琴を連れて御坂家を後にした。外には今から初詣に行くのか疎らに人がいる。上条のマンションも今の時間帯ならまず真っ暗なのだろうが、今日に限っては消えてる部屋の方が少なかった。
 寒さはどんどんと増していくが、こういう時は家が近くてよかったと思える。
 上条と美琴は部屋に戻るとシャワーだけ浴びた。もちろん上条が先で、脱いだワイシャツを美琴がパジャマに使い脱衣所で倒れる。上条はもはや習慣ついたように美琴をおぶると、布団を引いて美琴を寝かせた。今日はもう遅いのでリビングでのふにゃふにゃタイムは無しだ。

「ふにゃー」
「温かいうちに寝ちゃおうぜー、美琴たーん」
「ふにゃー」
「はいはい。ほら」
「ふにゃ」
「おぉ…、温かいなー美琴たんは」
「ふにゅ…」

 こうして上条夫妻のいちゃいちゃ年末年始3日目が終わったのだった。もう早く結婚してほしいものだ。
 夢の中で美琴は上条と一緒にまた先程の神社へ向かう。そこには神様っぽい人が忙しそうに願い事が書かれたふわふわした何かを見ては何かしている。そのふわふわはピンクだったり黒でツンツンだったりと沢山あるが、一つだけやたら大きいふわふわがある。他はバスケットボールくらいのサイズなのに対し、それだけは小学校の運動会で使う大玉くらいあった。
 色はブラウンで形はゲコ太の頭。美琴はあれは多分自分のだと思いその行き先を見ていると、そのふわふわを取った神様がちょっとづつちょっとづつ小さくしていくのが見える。叶えてくれているのかも。そう思うと嬉しくて仕方がない。美琴はそのふわふわが全部なくなるのを見送ると、一緒に見ていた上条の首に腕を回し、幸せそうに背伸びでキスをするのだった。
 初夢の1富士2鷹3茄子は見れそうにないが、美琴はそれを上回る1当麻2当麻3当麻を見るのであった。当麻、とうま…ふにゃー……。

 1月2日。上条当麻と御坂美琴の夫婦生活は5日目。元旦で夫婦生活4日目である1月1日は深夜に寝たために起きるのが正午近くになってしまい、御坂家にいる親御さん達も昼は初詣などに出かけていて改めての挨拶だけで終わった。
 しかし昨日の夜に美琴は初めて上条のワイシャツを攻略。頭からプスプスと湯気を出すもレベル5の名にかけて4日連続ふにゃーはプライドが許さない。…まぁ、上条の前に最早プライドも何も無くっているような気もするが。
 そして今日は神奈川を出て学園都市に戻る日である。レベル0の上条はそれ程外出許可に厳しくされないが、7人しかいないレベル5の美琴はそうはいかない。29日から2日までの5日前後がギリギリらしい。
 学園都市から実家に帰ってくる時もそうだったが結構な移動距離なので、門限がある美琴の事を考えると早めに出たほうがいい。
 しかし今や愛の巣と化している上条のマンションを美琴がそう簡単に出るわけ―――

「美琴ー、そろそろ出るぞー」
「わかったー」

 ―――ないのだが、何故かすんなりまとめてあった荷物を持って玄関にやってくる。あやしい。

「ねぇねぇ。この表札貰って行っちゃってもいい?」
「ん? 別にいいと思うけど…、どうするんですか?」
「…当麻の部屋に―――」
「ダメ」
「うっ」

 表札とは美鈴が用意したのであろう『上条 当麻 美琴』の表札。それは部屋のネームプレートみたいに作られた板状のもので、それを外すと『上条』の文字が出てくる。
 上条の寮には使えそうにない表札だったが、美琴は「裏に両面テープを張る」だとか何とか言っている。もし仮に隣の土御門に見つかったり他の寮生に見つかろうものなら上履きの中に画鋲だろう。教室の椅子にも画鋲だろう。それは多分痛いので美琴には分かってもらわないといけない。やっと和解したばかりなのでね。

「じゃあ磁石付けて冷蔵庫につける」
「まぁそれくらいならいいけど」
「えへ」

 美琴はその表札を大切にゲコ太タオルで包むと上条のバックの中に入れた。何故上条のバックなのかと言うと、美琴のバックは昨日のうちに今日の着替え分だけ出して学園都市の常盤台女子寮に郵送したのだ。やたら本が重いので。

「また来たいね」
「そうだな。夏休みにでもまた来るか」
「ホントに? やった」
「じゃあ行こうぜ。父さん達が待ってる」
「うん」

 上条はそう言うと先に歩きエレベーターのボタンを押す。美琴はやはり少々名残惜しいのかしばらく部屋の中を見ていたが、上条に呼ばれたので鍵を閉めて走ってきた。
 エレベーターの中で美琴は上条の腕に抱きつき幸せそうに笑っている。

「…どしたの美琴たん」
「えへへ、別に」




 マンションの前には既に刀夜達が待っていた。刀夜は寒そうに手に息をかけ暖めており、詩菜は美鈴と何やら世間話でもしてるのか、旅掛はタバコをすぱすぱと吸っていた。
 上条と美琴は刀夜達と合流すると駅に向かって歩き出す。その時に通る御坂家もしばらくは見納めだ。改めて見ると隣の家よりも1.5倍は大きい。流石です、旅掛さん。

「美琴ちゃんよく帰りたくなーいってだだこねなかったね」
「そっ、そんな子供じゃないわよ! …あ、詩菜さん。ありがとうございました。これ部屋の鍵です」
「はい。美琴さん、楽しめましたか? また来てくださいね」
「は、はい。絶対来ます!」
「美琴ちゃんもお母さんにそれくらい優しければ―――」
「…何か言った?」
「イイエ。ナニモ」
「ったく…」
「うぅ…、当麻くん。美琴ちゃんがいじめるー」
「え? だめだろ美琴」
「あぅ…」

 美琴のプレッシャーに美鈴は上条の後ろに隠れ、弱点をつく。今この状態なら美琴はグー、美鈴はチョキ、上条はパーなので美琴は上条に勝つことは出来ない。
 上条はそのパーの右手で美琴の頭を優しく撫でると美琴はもう戦意喪失してしまう。美鈴には子供じゃないと言うが、美琴はまだまだ頭を撫でられただけで喜んでしまうお子様だったのだ。
 ち、違うわよ? 私は喜んでるんじゃなくて…そう! 効かないから! 当麻の右手には何も効かないからごにょごにょ…。

「あはは、美琴ちゃんは相変わらず当麻くんには弱いのね。これから何かあったら当麻くんに助けてもらおう」
「なっ…! ひ、卑怯よそんな―――」
「あー、当麻くんたすけてー」
「落ち着いて、美琴たん」
「うっ」

 もう美琴は美鈴に勝てる事はないだろう。もともと美琴の考えてる事をピンポイントで当ててくる母の勘に加え、美琴が手を出せない上条も味方につけられてはもうあうあうするしかないのだ。あうあう…。





「ここまででいいよ、ホームまでだとお金かかるしさ。ありがとな」

 上条は11月22日の時に言ったような言葉で見送りを感謝する。時刻は昼前な事もあり、皆初詣に行ってるのか駅には疎らにしか人はいなかった。これから遠出をする人は少ないだろうが、帰省を終えた人なのか大きなバックを持ってる人などがいる。
 時刻表を見るとあと5分後くらいに丁度いい学園都市方面の電車が出るらしいので、これに合わせる事にした。

「じゃあ…、また夏休みにでも帰ってくるから」
「おぉ、待ってるよ。元気でな、当麻。美琴さん。体に気をつけて」
「元気でね当麻さん。美琴さん」
「は、はいっ。お世話になりました! また必ず―――」
「美琴ちゃん…しばらく会えないパパにさよならのチュいでででででっ!」
「ま・た・ね」
「うぅ…」
「私も大学で近くに行ったら遊びに行くねー。んー、そうね。その時は当麻くんのお部屋に泊めてもらおうかな」
「なっ!? そ、そんなのダメよ!」
「何で美琴ちゃんがダメなのよ」
「うっ…そ、それはその……あぅ」
「あはは、ほら。長旅なんだからトイレ行っといた方がいいわよ。行った行った」
「はい。じゃあ父さん、母さんまたな。美鈴さん、旅掛さんもお元気で」
「わっはっはっ! 俺たちはいつも元気さ。美琴ちゃんの結婚式で晴れ姿を見なきゃいけないしね!」
「けっ、けっこ―――! …ふにゃー」
「お、おい美琴…、そ、それじゃまたー、あははー」
「あはは、美琴ちゃんをよろしくねぇー」

 そして上条は美琴をずるずると引きずり刀夜達と別れホームに消えた。電車に乗る前にトイレに行っておいた方がよかったのだろうが、美琴は絶賛ふにゃー中だし諦めよう。
 エスカレーターを上がると係員やホームのベルが電車到着が間近なのを知らせてくれる。やってきた電車にも疎らに人が乗っているだけで、これから乗る乗客と合わせても空席が目立ちそうだ。
 上条は二人用の席に陣取ると、美琴を寄りかかれる壁側にする。…が、美琴は上条の肩の方がお気に入りなのか壁に寄りかかる事はない。こっちの方が温かいし気持ちいいしー。えへ。
 やがて電車のドアが閉まりゆっくり走り出すとホームでは見えなかった外の景色が見えてくる。ふと外を見ると、ネット状の壁の向こうで美鈴が手を振ってくれていた。上条も軽く手を上げるとそれに気付いた旅掛や刀夜、詩菜も手を振ってくれているが電車は徐々にスピードを上げ、すぐに美鈴達が見えなくなってしまった。さようなら神奈川。さようなら父さん母さん旅掛さん美鈴さん。また夏休みに。





 上条と美琴は電車に揺られ学園都市に帰ってきた。中に入る時にゲートでIDの確認やら何やらを精密に検査するが、レベル0の上条は美琴程念入りではない。なので一緒に入っても美琴は上条より後にぐったりと出てくるのだ。
 美琴は外に出た時と同じく「これだけは面倒くさいわね、ホントに」と溜息を吐くしかなかった。
 昼前に神奈川に出た上条たちが学園都市に入り、第七学区に着いた時には日はすっかり沈んでいて、美琴の門限までもう少しだった。

「じゃあ行くか。寮まで送るよ」
「大丈夫」
「え? そ、そうか? じゃあ…、また―――」
「当麻の部屋行くから」
「なー…んだって?」
「今日は当麻の部屋に泊まる」
「はい? だってお前門限があるだろ?」
「ふふん。実は学園都市外への外出は5日だけど、寮には新学期前日まで地元に帰るって言ってあるの」
「おまっ―――! …そんな事していいのかよってか出来るのかよ」
「寮監には何も言われなかったけどー?」
「だ、だから実家の時すんなり帰ったのか…。おかしいと思ったぜ」
「えへ」

 美琴はしてやったりな顔をすると上条の腕を取り、馴染みのスーパーへ向かった。実家に帰る前に魚とか買い溜めしておいたけど、今は三が日なのでセールもやっていて安いだろうと考えたのだ。この夫婦生活で、お嬢様の美琴もお金の感覚を相当になおしたらしい。ちょっとづつだが、いい奥さんに向かっているようだ。
 上条も夫婦生活で慣れたのか以前程は美琴を泊めてはいけないと思わなかったらしく、しかも常盤台の門限も無いのなら美琴は何を言おうと無駄なのも知っていたのでお泊りを認めたのだ。自分が実家に帰ってる間に小萌先生にお世話になっているインデックスには冬休みの間はそこにいてもらおう。

「さっ。今日は何食べたい? セール中だし…、ちょっとだけ奮発しちゃう?」
「そうなー…、じゃあ…シーフードカレー!」
「…アンタカレー好きねぇ」
「美琴が言った甘いけど辛いカレーが食べたい」
「あは、いいわよ作ってあげる。この五日間で相当煮込んであるからとびっきりの甘辛になってるわ」
「期待してるぜ、美琴たーん」
「たん言うな」





 スーパーはやはりと言っていい三が日セールがやっていて、お節の食材やら蟹やらが大売出ししていた。嬉しい事にその食材の裏でもちゃんとしたセールがやっており、普段のこの時間なら学生はいないのだが今日はまだまだ買い物客で溢れていた。
 上条と美琴はカートを引いて青果や鮮魚コーナーを回る。シーフードカレーにするなら野菜やら海老などが必要になってくるので割引のやつを狙わなくては。
 神奈川と学園都市では単価が違うのか、美琴はうーんと悩んで商品を選ぶ。もちろんセールをしてるので安いと言えば安いのだが、神奈川に比べたら魚介は高いようだ。主婦美琴は買い物上手になっていた。しかしこのままでは魚介が入らないシーフードカレーになりかねないので、上条は冷凍食品に目をつける。本格的なものでなくとも安いならそっちの方がいいし、海老などもないよりあった方がいい。
 夫婦生活が終わってもバッチリ夫婦な上条当麻と御坂美琴。

「だっはっ! 重かったーっ!」
「お疲れ様。今日は私一人で作るから当麻は休んでて」
「ありがとー、美琴たーん」
「たん言うなっつの」

 上条と美琴は学生寮に帰ってくるといつものやりとりをする。上条は両手いっぱいの戦利品入りの袋をキッチンに、そしてこれからは美琴の腕の見せ所。愛しい旦那に美味しい料理を振舞わなくては。
 今日のメニューはクリスマスの時に話していた美琴特製の辛いんだけど甘いカレー。美琴はクリスマスの時に指輪の一件でなかなか料理に取り掛かれなかったが、もうその件についてはクリアしてるので大丈夫だ。指輪を外してネックレスに…、でも涙目。
 そのカレーは作り方は一緒だが今日は究極のスパイスがある。そのスパイスは5日間の夫婦生活で深めた絆で、一度料理に入れようものなら全く別の味になるだろう。それに今回はご飯のセットも忘れない。
 料理を作ってる美琴はどこか楽しそうで、鼻歌を歌いながらアク抜きをしてたり、おたまでかき回したりしている。上条も美琴の歌をお供にテーブルの上を掃除していた。テレビのリモコンは床に、漫画は本棚に、教科書は鞄に、課題はゴミ箱……あ。
 そして暫くすると美琴がお盆に乗せ二人分のカレーライスを持ってきた。

「うんまそーですね」
「ま、まだ食べてみないと」
「じゃあ…、いっただっきまー…んむっ」
「…」
「もぐもぐ…」
「あぅ…」
「…ごくん」
「あぅあぅ…」
「…美琴たん」
「ふぇ?」
「結婚してください」
「…ふにゃー」

 上条当麻は美琴特製シーフード甘辛カレーの前に屈した。その後はふにゃふにゃしてる美琴をなだめながら涙を流し「うまいうまいぞぉーっ!」と、どんどんかっこんでいく。そのカレーは上条のみ味わう事が出来る究極の味。とても温かく、甘く、それでいて辛いカレーだった。美琴たん、上条さん家に米だけはあるっていってもこんなすぐにもぐもぐ…。
 御坂美琴は料理の面でもどんどんとパワーアップし、着々と上条美琴への階段を上がっているようだ。





「いやっ! 絶対帰らない!」
「絶対帰れ!」
「帰らない!」
「ダメったらダメです!」
「ふぇぇぇぇ……」

 美琴はだだをこねていた。今日は学園都市に帰って4日目で明日から新学期という日。この四日間もばっちり上条の部屋にお世話になっていた美琴は、今日は常盤台に申告した帰宅日なので帰らなくてはいけない。神奈川の実家から帰る時に美鈴の「よく帰りたくないってだだこねなかったわね」発言に「そんな子供じゃないわよ!」と堂々と言い放ったのだが、もう今や完璧に子供に退化しているようだ。
 実家から出る時にはまだ美琴の中には上条との同棲ライフが待っていたのでまだ持ちこたえられたのだが、今日からは常盤台の門限上お泊り無しの生活が始まる。
 なので美琴はだだをこねていたのだ。上条なら何とか言えば泊めてもらえると思ったのだが、美琴の予想に反して上条はダメの一点張りだ。上条サイドからしたら門限がないから泊めてあげてただけなので、今日は帰らせないと美琴にも悪いのだ。

「美琴たん。分かってくださいよ、もういっぱい遊んだじゃないですか」
「まだぁ…、もっどいっばいあぞぶー…」
「じゃあ明日の放課後にでも―――」
「ぶぇぇぇ…」
「あああぁぁ…わーったよ、しょうがねぇなぁ……」
「ぇぇぇ…?」
「寮まで送ってやるから」
「ふにゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!?????」

 美琴は上条の正面から無視すんなやコラー!タックルを決め、床に押し倒した。不意をつかれた上条は久しぶりのタックルにぶふっと言う。その後美琴は真っ赤な顔を見せるが、あの時とは大分表情が違う。あの時は恥ずかしさ100%って感じだったが、今回は…えっと、うん。とにかく恥ずかしくて顔を真っ赤にしてるわけではなさそうだ。
 上条も何とか泊めてあげたいと思う。この部屋に帰ったらやろうとしていた冬休みの課題も美琴先生の教えで2日とかからなかったし、思わずプロポーズしてしまう程のおいしい料理も食べさせてもらった。…が、しかし! くっ…! なので上条は秘密兵器を出す事にしたのだ。

「美琴」
「…ふぇ?」

 上条がポケットに手を入れてゴソゴソとしだすと、一度見せた真っ赤な顔を上条の胸に押し当てていた美琴もゆっくりと顔を上げる。もう上条のシャツは美琴の涙でぐっしょりだった。

「これなーんだ?」 
「…!」

 上条がポケットから出したもの。それは―――

「それ…、鍵…よね」
「そう。この部屋の合鍵です」
「!!!」
「さぁどうする美琴たん! 今日帰るのならこの合鍵をあげようじゃないか!」
「うっ…! 今日泊まって、その鍵も貰うっていうのは…?」
「そんなのダメに決まってんでしょ!」
「うぅ…、でも…」
「あー、もう選ぶ時間がー」
「ふぇ!? あああああああああのっ…!」
「はい。美琴たん」
「…………………………………………………………………………………鍵、ちょうだい」
「…じゃあ今日は帰るんだな?」
「……うん」
「鍵貰ったからって明日から泊まるってのも無しですよ?」
「…うん」
「じゃあ…、ほら」
「えへ」

 こうして美琴嬢は帰っていったのだ。部屋は違えど、この指輪ある限りお互い好いている限り上条美琴に変わりはない。
 か、彼氏が合鍵をくれるって事はアレでしょ? いつでもおいでって事でしょ? えへ、えへへ。






 ――――が、そんな上条美琴さんにも立ちふさがる壁があった。それは常盤台女子寮208号室にて起こる。
 その壁とは美琴の久しぶりの帰宅に歓喜する白井ではなく(お預けを喰らって開放された犬のように盛んになってはいるが)寝る時の、そうパジャマに問題があったのだ。
 上条の寮に寝泊りする際にはやはりと言っていいワイシャツを借り上条の隣で彼を抱き枕にして寝ていたのだが、今日は上条もいなければワイシャツも無い。こんな状態ではとても寝れたもんじゃない。

「(ほ、ホントに寝れない…。どうしよう…)」

 美琴は冗談ではなく、本当に寝れないらしい。お風呂に入った後だし、上条の匂いがなくなってしまったのだ。美琴は家事においてはパワーアップしたが、対上条属性に関してはこの上なくダウンしていた。
 冬の寒さも相まって一緒にいるだけで感じる上条の温かさも、全身を包んでくれているようなワイシャツも無い。美琴は関心した。実家に帰る前の自分を。アンタすごいわね。どんな能力者?
 
「(うぅ…、当麻に会いたい…)」

 美琴は何度も何度も寝返りをうっては当麻当麻とモジモジする。体も分かっているのだ。今の自分には上条当麻が足りないと。でも今日は寮からは出れないし我慢するしかない。美琴はこんな状態になるなら上条のワイシャツだけでも封印した方が良かったと多少なりとも自分に後悔している。そういえば実家に帰った2日目でも美鈴に注意されたような…、あぅ…。
 だって気持ちいいんだもん。全身で当麻を感じれるんだもん。あうあう…。
 ところで隣のベッドの白井はどうしたのだろうか。寝る前に土産話(つまりは上条との生活の話)をして以来真っ白になって動かない。まぁ…、変に襲われるよりはマシだけどさ。
 すると寝れずにいた美琴のゲコ太携帯が何かを受信したのか着信音を奏でた。美琴はビックリしたが、白井を起こしてしまうと何かと面倒なのでイントロクイズ並の速さで着信音を消す。その美琴の顔は頬を染め、笑み一色だった。何故か。それは聞き慣れた上条当麻だけのメール着信音だったからだ。
 美琴はドキドキとそのメールを開くと―――



 Time 2011/01/07 01:22
 From 当麻
 Sub
 ―――――――――――――――
 おやすみ美琴



「えへ」

 上条のメールはたった6文字だったが、今の美琴には十分な内容だった。今寝れば上条と一緒の夢を見れるかもしれないし、自分が寝れないのを分かっててメールしてくれたのかもしれない。
 それは美琴には分からないが、そう考えるだけで離れていても上条はずっと傍にいると感じさせてくれる。
 美琴は小さく笑うと上条に返信し、画面を待ち受けに戻した。そこには内緒で撮った上条の寝顔があり、美琴に安心を与えてくれている。さらに安心で思い出したのか美琴は携帯を閉じるとクリスマスの時にプレゼントされた指輪に手をかけた。これこそが美琴にこの上ない安心を与えてくれる。
 指輪を見てさらに頬を染めると、美琴はゆっくりと瞳を閉じた。さっきまでの寒さはない。さっきまでの寂しさもない。今は常盤台のベッドの上にいるが、美琴は上条を感じる事が出来る。

「えへへ」

 美琴はもう一度小さく笑うと心地よい睡魔に襲われ夢の中へと入っていった。その安心を感じるようにしっかりと左手を抱きしめて。
 おやすみ、当麻ぁ…。
 こうして上条当麻と御坂美琴のいちゃいちゃ年末年始は終わりを迎えた。机の上には先程上条から貰った鍵と一緒に美琴のお気に入りゲコ太キーホルダーがキラキラ輝いていた。

「へ? 当麻ってまだ15歳だったの?」
「おうともよ。上条さんの誕生日はまだ来てないのでありますのよことよ」
「ふ、ふーん。…ち、ちなみにいつなの? 誕生日」

 雪が残る学園都市。今日は2月12日で街中はバレンタイン一色となっていた。11月22日の「いい夫婦になる日」で目出度く恋人になったカップルも、これから新たに想いを打ち明けようとしている女の子にもドキドキのイベントデーだ。
 上条当麻と御坂美琴は、いつものように学校が終わったら合流し公園の自販機前まで来ていた。上条たちは公園に来るまで誕生日の話になり、美琴は上条がまだ15歳である事を知る。
 そういえば付き合って誕生日について聞いてなかった。…が、運がよかったのか彼氏である上条の誕生日はまだ来てないらしい。美琴はホッと慎ましい胸を撫で下ろすも、上条から返って来た返事は予想の斜め上をいく返事だったのだ。

「2月14日だけど」
「え」

 恐るべし、上条当麻。まさかまさかのバレンタイン当日に誕生日とは。ここでも尚、フラグ体質を予感させるとは。
 もはや頭の中は上条一色になっている電撃姫は、イベントデーにはプレゼントしてあげたいと思う。つまりは2月14日のバレンタインと上条の誕生日、同時に2個もしくは究極の1個をプレゼントしなくてはと演算を開始した。
 バレンタインのチョコレートは明日にでも材料を買って作ればいいとしても誕生日プレゼントはどうしよう……。チョコ作って「これ誕生日プレゼントと兼用だから!」って言っちゃう? いいやダメだ。そんなんじゃ手抜きって思われちゃう。で、でも今日入れてあと2日で何をしろと…? 編み物は無理だし…、うぅ…。
 まったくもう当麻はっ! あげる私の身になって生まれてきて欲しいわねっ!
 ……と、心の中で激しく思う美琴であったのだが、もちろん上条からして言えば「そんな事言われても」状態である。

「美琴? どした?」
「…ふぇ? あ、ご、ごめん。考え事してた」
「そっか。で? 今日はこれからどっか行くか? それとも帰る?」
「そ、そうね…。凄く行きたいんだけど、今日はどうしても外せない用事が出来たみたい」
「そうなの? じゃあ、そこまで送っていこうか?」
「だ、大丈夫。ありがと」
「おぉ。じゃあまた明日な」
「う、うん。遅刻しないでよねっ!」
「はいはい」
「ハイは一回って言ったでしょ!」
「はい」

 そう言って上条は手を一回だけ軽く挙げると帰っていった。美琴はその背中を見送り、見えなくなると一瞬にして携帯を取り出し某検索サイトで『彼氏 プレゼント 誕生日』と入力。調べにかかった。…が、美琴がいいと思うようなプレゼントが見つからず、携帯な事もあってか検索しづらい。

「うぅ…、どうしよう。もう明後日なの―――」
「話は聞かせてもらいましたっ!」
「に?」




 美琴が携帯を見ながら涙目になっていると、自販機の後ろから初春飾利と佐天涙子が出てきた。一体いつからそこに? と、美琴はフリーズし頭からボボボボと煙を噴出している。

「す、すみません御坂さん。盗み聞きしようとしたわけじゃないんです。ただお二人の邪魔したくなくて…、隠れてたら出るタイミング失って」
「そ、そうだったんだ。別によかったのに」
「いいなぁ御坂さんは。彼氏とラブラブでさぁ。ねー初春?」
「はいっ。羨ましいです。御坂さん」
「あぅ…」

 美琴は上条絡みではすぐに真っ赤になるのが癖というか体質みたいで、それを見た初春と佐天も顔をニヤケさせずにはいられない。だってあのカッコよくて頼りになる御坂さんがこんな…、ねぇ? 真っ赤に…ねぇ? にやにや。
 
「……っと、そこで悩める御坂さんに朗報があるのでした!」
「…ふぇ?」

 佐天はそう言うと両手を上げると、隣にいた初春はマウスパーカッションでドラムロールをし始める。…うまい。初春さん、何者?
 そして暫くすると「じゃんっ!」と初春が鞄の中から白井のテレポート並みの速さでパソコンを取り出すと、その画面を美琴に見せた。佐天は片膝だけ地面に着けて、初春のパソコンに向かって両手をポンポンの様にフリフリしている。美琴は一瞬の出来事にちょっとだけ後ずさりするが、パソコンの画面も気になったのでとりあえず見ることにする。何かのサイトのホームページらしいけど…、なになに―――?

「『今年のバレンタインはこれっ! ○○社がプレゼンする愛を深めるチョコレート』って…、なにこれ」
「今女の子の間で大ブームなんですよ? 何でもニュースで紹介された時にレポーターの人があまりの美味しさに気絶したとか」
「そ、それは凄いわね…。でもチョコは…その、自分で作りたいって言うか…その…」
「チョコのように甘いですね! 御坂さんはっ!」
「なっ、なによ? 何が甘いって―――」
「例えば…そうですね。クッキーと御坂さんが好きなゲコ太のキーホルダー、彼氏さんから貰ったら嬉しいのはどっちですか?」
「そ、そんなの…両方嬉しい、けど」
「でもクッキーは食べ物ですからなくなってしまうんですよ? でもキーホルダーは形として残ります。なら―――!」
「…!」
「チョコは買って誕生日プレゼントを手作りするべきですっ! 形残る思い出の一品をっ!」
「!!!」
「(初春…今日はなんか熱いね。能力が暴走してるのかな?)」

 美琴は初春の言葉を受けて完璧に固まっていた。そうよ、そう。チョコはなくなっちゃうけどマフラーとか指輪みたいに形残る物なら、その後もずっと見る事が出来てふにゃふにゃになれるじゃない!

「でもこのチョコ今学園都市じゃ売り切れみたいなんですよ。14日に再入荷って言ってましたけど」
「なっ…! 超ギリギリじゃない。学校が始まる前はお店開いてないみたいだし…、終わったら速攻で買いに行かないといけないわね」
「私達も一応その日に探し回ってみますよ! 暇ですし、初春も非番なんだよね?」
「はい! 私もどんなチョコか気になりますし…御坂さんも2箱余ってたら確保してくださいね」
「分かったわ! …となると、あとは誕生日プレゼントだけど……うん。これは自分で考えるわ。ありがとね初春さん、佐天さん」
「「いいえー、私達は恋する乙女の味方ですからー」」
「お礼は後でするからっ。それじゃあ、またねっ!」
「「頑張ってくださーい!」」





 そしてその夜の常盤台女子寮208号室。御坂美琴は首をコキコキと鳴らしながらドアを開いた。

「うぅ…、何よ。たった1秒遅れただけじゃない」
「お姉さまお帰りなさいませ…って、どうしましたの?」

 部屋には白井黒子が机で何やらパソコンをいじっていた。振り返る時に見えた風紀委員の腕章から、それ関係の事でレポートなり調べ物をしていたのだろう。仕事上がりなんだろうが、終わったら外せばいいのに…。
 美琴はベッドの上に鞄を放ると、ブレザーと靴下を脱いでベッドに倒れ込んだ。

「寮監に門限破りだって技かけられたのよ。たった1秒オーバーだけだったのに」
「あぁ。わたくしも以前その屈辱を味わいましたわ。寮監の腕時計は超最新式の電波時計ですので正確みたいですし」
「電波時計…、ふふっ。電波時計ね……」
「それにしても随分ギリギリで帰ってこられたのですわね」
「う、うん。色々探しててさ…、結局いいの見つからなくて気付いた時には門限10分前で」
「そうですの。何をお求めになられてたんですの?」
「ふぇ? そ、それは…」
「あら…、まさかお姉さま!」

 白井は確信した。美琴が口ごもる時は100%類人猿、若造、ボンクラ…もとい上条当麻に関する事なのだ。そういえば今日は2月12日。2日後には美琴が食いつきそうなイベントがある。ならば、今日門限破りまでして探してた物というのはっ……!

「お姉さまっ! 黒子にも愛のこもったチョコレートを下さいましぃ~!」

 しかし上条に関する事で邪魔したりすると雷神になる事を白井は知っている。それはクリスマスの翌日に体験済みだ。あの恐怖は忘れない。レベル4で風紀委員の自分が顔ドラムで謝るしか道は残されていなかったのだから。
 なので白井はもう上条×美琴カップルの仲を引き裂く事はしないが、美琴LOVEなのに変わらないらしくその後もベタベタしてきてるのだ。

「チョコ? あぁ…チョコね。そうね、黒子にはお世話になってるから手作りチョコをあげる」 
「お姉さまっ! 黒子はっ…黒子は感無量ですわ! …って、『には』? 上条さんへの手作りチョコの材料を探してたんじゃありませんの?」
「ふぇ? ち、違うわよ。材料探しならここまで遅くならないでしょ」
「それもそうですわね。では…何を?」
「えっと…、うん。そう。黒子は私からプレゼントさせるんなら何が欲しい?」
「お、オネエサマ!? そ、そそそそそれでしたら! わたくしはお姉さまの熱いヴェーゼをっ―――」

 と、白井は自身の服をテレポートさせ下着姿で美琴に飛び掛か―――

「やめんかっ!」
「あああぁぁっ!!!!」

 ―――ることはなく、電撃で鎮められた。真っ黒子とまではいかずとも、茶子くらいのミディアムに仕上げられる。美琴はそんな白井をベッドに寝せ、布団をかけてあげると着替えを持って脱衣所へと入っていった。
 ……え? プレゼントはキス? で、でもでも形に残らないし……、あうあう…。




「うがーーーーーーーーーーーっ!!!」

 翌日の金曜日ではない13日。美琴は常盤台の寮にて頭を掻き毟っていた。上条へのプレゼントを決める&作るのは今日しか出来ない。明日は放課後に気絶チョコを買いに走り回る予定だし、その後に上条を呼び出しそのチョコとプレゼントを渡さないといけないからだ。
 なので美琴はどうにも焦っていた。今日も学校が終わり上条と途中まで下校して寮まで帰ってきたのだが、パソコンで調べようにも昨日の白井が言った「熱いヴェーゼ」が頭から離れないのだ。
 聞くんじゃなかった…、聞くんじゃなかった…。まさかキスのプレゼントが他のどんなプレゼントよりもいいって思ってしまうとは…、あうあう…。

 ※美琴がただ単にキスしたいだけという願望もありますが、本人は気付いてないようです。


「うぅ…、とりあえず黒子との約束もあるしチョコの材料買って来よう」

 白井は昨日の夜仕上げたと思われる風紀委員のレポートを支部に届けている最中だ。すぐに帰るってメールが入っていたが、一緒に来てべたべたされては選びに集中出来ないし、プレゼントなんだから中身が知られない方がいい。
 美琴はそう思うと、白井の机に置手紙を書いた。『アンタのチョコの材料買いに行って来るから大人しく待っててね』っと、これなら完璧絶対待ってる。荷物が多くなっても寮監の腕時計は電波時計だし? くくくっ。などと考えていると門の前に寮監が立っていた。まだ門限ではないだろうけど寮生の出迎えでもあるのだろう。

「おい御坂。今から出掛けるのか? 門限まであと1時間だぞ」
「す、すぐに戻りますから大丈夫です」
「そうか。1秒でも遅れたらまた―――」
「いっ、行って来まーすっ!!!」
「あっ! こらっ! 話はまだ……ったく、しかしあの顔本当に時間内に帰ってくるか今日は何か秘策があるのか」

 美琴はとてもお嬢様には感じさせない逃げっぷりで難関をクリアした。ここで時間をくうわけにはいかないし、少々の誤差で帰ってこないと後々気付かれて部屋まで押しかけてくるかもしれない。
 
「(とりあえずセブンスミストなら全部揃いそうね)」

 走れ美琴。風のように。でも上条さんとの待ち合わせに遅れた時のような磁力で街灯をつたって行くのは他の学生が危ないのでやめましょうね。





「こっちは90gで…、ふんふん…」

 美琴は女子寮からセブンスミストまでの移動時間を更新するとバレンタインの特設コーナーで買い物をしていた。上条との夫婦生活を経て磨かれた買い物術はここでもいかんなく発揮されている。もう選び方が完璧に主婦なのだ。14歳でもなければお嬢様でもない。するとそこへ―――

「ここも売り切れなんですかぁー…」
「ん?」

 何やら聞いた事のある声。しかも頻繁に。それも嬉しくなる。さらにドキドキする。

「明日入荷!? しかも予約出来ないで先着300名様っ!? わ、わかりました。なるべく早く来ます…」
「(や、やっぱり当麻だーーーっ! な、ななな何でこんな所にっ!!!!)」

 その声の主は美琴の彼氏である上条当麻で、何やらレジ員の女の人と(楽しそうに ※美琴ビジョンです)会話していた。売り場には女の子しかいないのでそこに男がいるってだけで場違いなのに、よりにもよって何だって自分の彼氏がそこにいるのか。
 美琴は売り場全員の視線が上条に向けられているのを知ると、反射的に隠れてしまった。ここで話かけられると絶対あうあうするし。うぅ…、ごめんね当麻。

「はぁ…明日が勝負かー」

 上条はそんな事を言って帰っていった。チラッと見たが買い物袋(エコバック)を持ってるところからすると買い物の帰りのようだけど…。美琴は上条の姿が見えなくなるのを待つとヒョイヒョイヒョイと近場にあったチョコの材料をカゴに入れてレジへと向かった。

「あ、あのっ…! 今の男の人は何て…?」

 そして美琴はレジ員に確認を取った。バレンタインのコーナーで探し物なんて怪しすぎる。まさかまた浮気っ!?(またって言うか美琴が勘違いしているだけなのだが)

「あぁ、ニュースでも取り上げている気絶するほど美味しいチョコを探してたみたいで。それで明日入荷しますよって」
「きっ、気絶チョコ…! 何でアイツが…や、やややや、やっぱり…!」
「あの…、お客様?」
「…ふぇ?」

 美琴はレジ員の返事にガクガクしていたが、再度呼びかけられて我に帰った。レジ員は目をパチクリさせているし、周りの買い物客もこっちを見てるし、後ろにはレジ待ちの女の子もたくさんいた。
 それを見た美琴はボンッという爆発音と共に真っ赤になり、

「こ、これ下さい…」

 と言ってカゴを差し出すといそいそとその場を後にした。猛ダッシュで。しかも適当に選んでしまったのか美琴が最安価だと思っていた額よりも2倍は高い値段だ。
 あは、あはははは……、うわーーーーんっ!!!




「はい、御坂おめでとう。二日連続で門限破りだな」
「うっ」

 美琴は上条を追いたかったが、気付いた時には常盤台の前まで帰ってきていてしかも寮監が眼鏡を光らせていた。

「じ、時間ギリギリのはずですけど…」 
「いいや、2秒遅れだ。残念だったな」
「(に、2秒!? これなら…、えいっ!)」

 美琴はその時間を確認すると電磁波で寮監の腕時計を狙う。気付かれない程の弱い電磁波だが、時計が受けている電波を演算し20秒ほど遅らせた。時間が経てばまた新しい電波を受けて元通りになるし、罰も受けないで済む! 一石二鳥だ!

「よ、よく見てくださいよー。ホラ、まだあと15秒も余裕あるじゃないですかー」
「おや本当だ。これは失礼した」
「あははー、いいですって。じゃあ私はこれで―――」
「でもな。こっちの時計は既に時間オーバーしてるんだよ」
「…」

 美琴は固まった。寮監は罠を張っていたのだ。美琴が何やら余裕な感じで寮を出て行ったもんだから自分の時計が電波時計だという事に気付き、電撃使いのレベル5である美琴は何かしらの能力で時間を戻すだろう、と。
 なので寮監は隠していたアナログの可愛らしい猫の目覚まし時計を差し出した。時間もぴったり! これなら寝坊しないよ!

「さて御坂。門限破り+寮内での能力使用の件なんだが…」
「ひっ!」
「最近編み出した新技の実験に付き合ってもらえないか?」
「あ、あの…そ、それは危険だと……」
「安心しろ。朝には起こす。何か言い残す事はあるか?」
「当麻ぁ…私、信じてるから―――」

 そして寮監は美琴に手を伸ばした。寮監さん、出来ることなら優しくしてあげてください。美琴にはまだやる事が沢山残っているんです。
 …という誰からかの願いが通じたのか、寮監が美琴を捉える事はなかった。それは―――

「白井…、どういうつもりだ」
「…ふぇ? く、黒子!?」
「お姉さまの罪はわたくしの罪ですわ。今の能力使用も追加し、わたくしが変わりにその罰を受けるんですの」 
「ほぅ…」

 寮監の前には白井が立っており、美琴は階段の上までテレポートさせられていた。

「黒子…アンタ」
「お姉さま…、チョコ、楽しみにしてますわ」
「はっ! あの置手紙!」
「えへへ、ですの」

 そういうと白井は小さく笑った。それを見た美琴は走りだす。白井の決意を無駄にしないためにも。最高のチョコレートを作ってあげようじゃないか。
 そして白井は美琴の姿を見送ると、寮監を見上げた。その目には恐怖は無い。本望だけだ。

「どうぞですの」
「では白井、何か言い残す事は?」
「I love forever お姉さま…、ですわ」

 そして鈍い音が常盤台女子寮のエントランスに響いた。黒子…、無茶しやがって…。みんなも10秒間くらい黙祷をお願いします。…死んでないけど。




 翌日2月14日。バレンタイン&上条当麻の誕生日当日。御坂美琴は常盤台の教室にて真っ白になっていた。
 昨日の事件の後、美琴は材料を持って調理室に行き、白井のためにチョコレートを仕上げたまでは良かったのだが、ある事を思い出し時間が停止していたのだ。そう。上条の誕生日プレゼント。手作りの予定だったからチョコは買って済まそうと思ったのに…。
 白井はあの後すぐに部屋に運ばれベッドで寝かされていたらしい。無事ではないけど無事だ。白井のお陰でチョコも完璧な仕上がりだ。よかった。…って、あれ? でもよくよく考えてみたら白井のチョコに時間を費やし上条へのプレゼントにまで手が回らなかったような…。そう思った美琴は白井をチラッと見るが、冷や汗をかいているだけだ。うん。まぁ勘違いだったら悪いし、そっとしておこう。

「終わった…、終わったわ。私の彼女としての幸せライフが…。誕生日プレゼントも用意出来ない女なんて……、うぅ…」

 などと考えていると、ゲコ太携帯が鳴り出した。今日は朝から真っ白になっていたので上条との登校にも間に合わず先に行ってもらって、後から白井と一緒に登校したのだが、この着信音を聞くとどうやら上条からのメールらしい。
 いつもはハイテンションで携帯を開く美琴だが、今日だけは違った。だって…、バレンタインと誕生日の当日に一緒に登校しない彼女ってどうなのよ? ま、まままままさか別れようメールなんじゃ…!


  Time 2011/02/14 08:57
  From 当麻
  Sub
  ――――――――――――――――
  よぉ美琴たん。大丈夫か?
  今日の放課後なんだけどさ、俺用事
  あるから一緒に帰れないだ。悪い。

  でもちょっと話があるから6時くら
  いに公園の自販機前まで来てくれな
  い?


「…ふぁ」

 美琴気絶。それを見たクラスメイトはオロオロとしだす。どうしたのでしょう御坂様。何か悲しい事でもあったのでしょうか。オロオロ。
 美琴が気絶した原因は上条と一緒に帰れない&話があるから来てくれというメール内容。一緒に帰れないのは自分も一緒で、今日は初春や佐天に教えてもらった気絶チョコを探し回らなければいけないのでいいのだが、その後の話ってなに? 今の今までネガティブ思考だった美琴は、最悪の結末を予想し机に額から倒れ込んだ。音からして結構痛いと思う。

「(うぅ…、当麻ぁ…わだじぃー…)」

 その後の授業中も美琴から発せられている負のオーラに教員達は皆、美琴の事を指せなかった。





 キーンコーンカーンコーンというチャイム音と共に御坂美琴は光速を超えた。あまりの速さにまだ教室に残像が残っているほどだ。すみません嘘です。比喩です。
 学生鞄と大きめの紙袋を持ち懸命に走る。先生に注意される。謝る。走る。見つかる。謝る。見つかる。逃げる。
 昼間の状態からして美琴にチョコを渡すのはなかなか勇気が必要だったのだろうが、それでも憧れの御坂美琴へプレゼントということで渡してくれた。真っ白になっていた美琴もプレゼントは嬉しい。ありがとう。お礼はホワイトデーにするからね。
 美琴の持つ紙袋にはその常盤台の生徒達から貰ったチョコやらが大量に入っており、なかなかの重さを誇るが美琴は平気なようだ。それくらい切羽詰っている。
 せめてチョコだけでもゲットしなければ終わりだ。あうあうだ。

「申し訳ありません。先程完売したばかりでして…」

「うちは再入荷してないんですよ」

「ごめんなさいね。私もこれ欲しくって」

 美琴は公園のベンチで再び真っ白になっていた。大本命のセブンスミストもその姉妹店も売り切れで、やっと見つけたと思った某デパートでは前の女の人で売り切れになった。…不幸だ。
 ちなみに初春達のメールも、



  Time 2011/02/14 17:33
  From 初春さん
  Sub  ごめんなさい。
  ―――――――――――――――――
  一応4店舗くらい回ったんですけど見
  つかりませんでした……。
  すみません偉そうな事言っておいて…
  …。



 …という事らしい。美琴は「こっちも同じだから気にしないでいいよ」と送り、再度走り出した。チョコも無い、誕生日プレゼントも無い、これから来るであろう上条からの呼び出しにもチョコを探し回って行けないじゃもう好感度ガタ落ちだ。終わってはないのだが、美琴は何故か走馬灯を見始める。
 あぁ…、11月22日の美味しかった中華料理。12月25日の嬉しすぎる指輪のプレゼント。12月29日からの幸せだった夫婦生活。冬休み最後の日に貰った合鍵でちょくちょく遊びに行った日々。……ぶぇぇぇぇぇぇぇん。





 ―――とそこへ希望の光が差し込んだ。真っ暗&涙で曇っていた視界も一瞬にして晴れるくらいの希望。探してた気絶チョコが売れ残っている! しかも周りに買い物客無し!
 美琴は走った。夏休み常盤台女子寮の前で上条当麻に見せた「ごめーーん、待ったーーー?」に似た虹色でキラキラな背景も見える。

「「こっ、このチョコくださいっ!」」
「「え…」」

 しかしそのチョコを目当てにしていたのは美琴だけではなかったようだ。完全なる死角から現われたその買い物客は美琴と同じ物を指差している。
 普段の美琴なら引き下がるかもしれないが今回だけは絶対に下がらない。上条への最後の希望だし、何よりその買い物客が―――

「と、当麻っ! なっ、なななんでアンタがここにいんのよっ!」
「あれ美琴たん。どしたこんな所で」

 私の彼氏、上条当麻その人でした。あうあう。

「私のよ」
「いいや、俺の指の方が1間接分近いから俺のだ」
「なっ! そんならこうよ!」
「あ! お前っ! じゃあ俺はこうだ!」
「ちょっアンタ! それはずるいんじゃない!? 大体アンタ今日はバレンタインなの知ってる? 女の子優勢! レディーファーストでしょうが!」
「はて。欲しい物は欲しいんです」
「まさかアンタ。そのチョコで他の女の子口説こうとしてるんじゃないでしょうね! 私という彼女がいるのに! うぅ…」
「はい? あ、あの…美琴、たん?」
「彼女がいるのにぃぃぃ…、ふぇぇぇ…」
「あー…」
「あのー…、お取り込み中悪いのですが、どちらのお客様がお買い求めになりますか?」
「あ、俺買います」
「無視すんなや、コラーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
「ぶふっ…!」

 美琴は頭から上条の腹にタックルをかました。飛んでくる電撃は打ち消せても、こういう物理攻撃にはまるで対策がないのです。 

「アンタね! 目の前で彼女が泣いてるのに無視しますか普通!」
「み、美琴たん……周り…」
「ふぇ?」

 チョコ売り場の前で何やら騒ぎを起こす&上条を押し倒す行為に他の買い物客が何事かと人だかりを見せている。美琴は昨日もこの状況になったのを思い出し、しかし今度はポンという可愛らしい爆発音で真っ赤になった。恋する乙女は彼氏の前ではこういうところも万全なのだ。
 そして上条は真っ赤になってモジモジあうあうしている美琴をなだめると、気絶チョコを購入し美琴を連れてその場をそそくさと後にした。うぅ…、恥ずかしい。





 上条と美琴は公園まで戻ってくると、ベンチに座り、息を整える。2月という事もあり、辺りは真っ暗で街灯の光だけが2人とベンチを照らしていた。

「はぁ…、ったく当麻のせいで恥かいちゃったじゃない!」
「ほぅ美琴たん。お前さんがそれを言いますか、ほう」
「大体アンタ、そのチョコ誰にあげるつもりよ!? もし他の女の子だったりしたら…!」
「はぁ? 違いますよ」
「じゃあ何よ。まさか自分で食べるわけじゃないでしょ?」
「うん。その…、お前にあげようと思って」
「…………………………ふぇ?」
「まぁあれですよ。逆チョコってやつですよ」
「…」
「あ、あれ? 美琴、たん?」

 美琴は完全に停止していた。それは昨日からずっと上条が自分ではない他の誰かにチョコレートを渡すものだと思っていたから。それがどうだ。実は上条は自分のためにチョコを探し回ってくれていたらしい。そう思うと恥ずかしくなる。上条がプレゼントしてくれるのもそうだが、そんな彼を信じれなかった自分に。うぅ…、ごめんね当麻。信じてあげれなくて。
 なので美琴は途端にツンツンモードのスイッチを切ってデレデレモードへと移行するのであった。

「えへ」

 美琴は上条の腕を抱くと、甘えるように頭を預けた。周りに人もいないので大丈夫。

「あ、でも私もそれ買って当麻にバレンタインチョコ渡そうと思ってたんだった」
「じゃあ…、これ6個入りみたいなんで半分づつにしますか」
「う、うん…」
「…? どした美琴」
「実は―――」

「―――って事があって」
「ふんふん。じゃあその友達2人分を抜いた4個で半分づつにしようぜ」
「…いいの?」
「いいよ」
「えへ」




 そして上条は袋からチョコの箱を取り出すと封を切った。蓋を開けると、チョコレートの甘い香りが広がり鼻をくすぐる。
 先程売り場のショーウィンドウで箱の中身を見たが、6個入りの可愛らしい一口サイズのチョコレート。美琴は「私からあげる」と言って一つ摘むと、

「ん」
「え?」
「ん!」
「えっと…?」

 そのチョコを半分咥えて上条に差し出した。
 待て待て。待つんだ美琴たん。半分づつってそっちですか? 2個づつじゃなくて2分の1×4個づつですか?
 上条焦る。これは予想外だ。想定外だ。せめていってもあーんぐらいだと思っていたので。すると差し出してから目を閉じていた美琴が何かを訴えかけるように上条の学ランを握った。上条はそれを受けると意を決し―――

「あ、あー……、むっ」
「んっ…」

 美琴のチョコを半分受け取った。受け取る瞬間に美琴がビクっとなって頬が染まる。上条はここが外でよかったと思った。もしも家の中で人目が完全につかなかったら内なる狼が牙をむいたぜ。
 美琴は真っ赤になってモゴモゴとチョコを食べているが、上条も負けず劣らずに顔は赤い。もうやめてこれ以上は。こっちの身(誰?)が持たないっす。

「ハッピーバレンタイン、当麻…」
「お、おう…」
「味…わかんなかった」
「そ、そうか」
「ねぇ、もう1個」
「も、もう1個って…」

 つまりアレをもう一回、しかもこちらからしろと? 死ねる…、色々と。壊れる…、色々と。
 しかし美琴が何か物欲しげだったので、上条はチョコを咥えて差し出すことにした。

「ん、んー…」
「んむっ」
「は、ハッピーバレンタイン、美琴」
「ふぇへ。んっ…、どう? おいしい?」
「……た、確かに味がわかんないな」
「じゃあもう1個あげるね」
「(ぐぉぉぉぉっ…、り、理性! わたくめの理性がチョコレートのようにトロトロに溶けてっ…!)」
「ん」
「……い、いただきます」
「っ…、は、ハッピーバースデー。当麻」
「…ふぇ? あ、あぁ…。そういや今日俺誕生日だったな」
「ごめんね。何かプレゼント用意したかったんだけど…、いいプレゼント思いつかなくて」
「いいよ。美琴たんにはいつもお世話になってますし」
「……えへ。ねぇ? もう1個ちょうだい」
「………わかりました」
「えへ」
「んー…」
「?」

 しかし上条はチョコを持つ事なく何かを考え始めた。美琴もどうしたのだろうとモジモジしながら待っている。
 上条の考えは添える言葉だ。美琴はバレンタインとバースデーを祝ってくれた。上条もバレンタインは祝ったが、あと1個は何にしようか。何か美琴にとって記念になるものは…と考えていると、答えはすぐに出てきた。そういえば付き合って今の今までこの言葉を言った事がないような。
 そう思った上条は最後の1個(2個残して)を摘むと口に運び、半分だけ美琴に差し出す。美琴もモジモジしていたが、上条の行為に待ってましたとばかりにそのチョコを食べにいくのであった。

「んぁ…、美琴」
「ふふぇ?」

 上条は美琴がチョコを受け取ったのを確認すると、

「好きだぞ」

 愛の言葉をプレゼントした。…までは良かったのだが、もちろんチョコちゅー4回目&そんな言葉を受け取ろうものなら最大級の爆発音と共に顔を赤くした。だって抑えられなかったんだもん。

「ふ…」
「え。うわっ、ちょっ! 待っ―――!」

 上条は慌てて右手を差し出そうとするが、美琴に腕を抱かれているので幻想殺しが出せない。触ってればもしかしたらと思ったが、そんな美琴に触れる前に―――

「ふにゃー」
「みっ、みごどだばばばばばばばばばばばばばばばばばばっ!!!」

 美琴はふにゃーとなりながら漏電したのだった。
 上条と美琴が食べた気絶チョコ。それは食べた人があまりのおいしさに気絶すると言われていたが、このカップルに関してはまた違った理由で気絶したらしい。
 雪が残る学園都市、日も沈みきっている公園のベンチの上で気絶なんてしようものなら翌日は風邪確定だが、お互いが高温だったのか風邪をひくことなく翌日も2人揃って仲良く登校したそうだ。
 そしてその登校途中―――

「言い忘れてたけど」
「ん?」

 美琴は上条の前に回り、

「私も大好き、当麻っ」

 背伸びで上条にキスをした。たまたまその光景を見た学生は逆行再現レベル4の餌食になった。

 時は上条当麻と御坂美琴が付き合い始めた11月22日より半年後の夏休み。
 上条は高校2年生、美琴は中学3年生になり、美琴は今冬に高校入試を控えていた。
 美琴が狙っている高校、それは上条が通う高校……ではなく常盤台中学から卒業する生徒が一番多く進学する有名校であった。
 上条はてっきりこのツンデレ電撃姫はアンタと同じ高校に通う! …と言い出すものと思っていたが、そうではないようだ。
 何となく疑問に思った上条は美琴に理由を聞いてみるが、

「ふぅん? 当麻くんは私と一緒に登校できなくて寂しいんだ? 可愛い所があるのね」

 …などと言い出した。上条は何をぅと思いそれ以来理由は追求しなかったのだが、皆さんにだけその理由を教えよう。
 それは『距離』。
 美琴は仮に上条の高校に入学したとしても一緒に登下校出来る期間は一年と短い。その上、上条が奇跡的に大学生になったら大学生の学区である第五学区へ行くために第七学区南部にある上条の高校付近からでは少々距離がある(学区自体は隣合わせではあるが)。
 そこで美琴は上条の高校を狙わず、より第五学区に近い(という設定)の高校&寮にしたのだ。
 つまり何が言いたいかと言うと、美琴は短い半同棲高校ライフより長い通い妻高校ライフを選んだというわけだ。同じ高校での生活も魅力的だが、総合的に考えた結果こっちの方がより上条といれると考えたらしい。
 さらに美琴が選んだ高校の寮は、当たり前だが寮生が全員高校生以上という事で常盤台の寮よりは規則も緩いし門限も無いらしい。セキュリティがずば抜けてる点を除いては今の上条の寮と何ら変わらないようだ。そこも決め手の一つとなっている。
 という事は満16歳の美琴はどうするか。今は分からないが、多分その寮での生活費が一番少ないのは恐らく美琴であろう。理由? それはその…、うん。そう。
 しかしそんな事を今、上条に言おうものなら正座させられた上で、美琴が言った台詞が倍返しで返ってくるので理由は言わないらしい。

 そして今、美琴は上条の部屋にて高校受験に向けて勉強中なのだが、上条も上条で折角勉強仲間兼家庭教師がいるので1年後に控えている大学受験へ向けて中学生の問題から一緒に勉強しているのだった。…が、常盤台の教材と上条の高校の教材はレベルが違う。常盤台中学は卒業後には一流企業に通用するレベルになるらしいので、上条からして言えばこっちが中学生で高校受験を控えているような気がするのだ。
 更に突然だが物語には語られない部分も多数存在する。読者側からして言えば何でそこを書かないのと言われてもおかしくないのだが、理由という名の言い訳をさせてもらうなら、いい案が浮かばなかったからである。自分のSSはこの強引さこそが売りで、好き勝手書ける楽しさなのだ。


「ここのxに4を代入するの。そしたら答え出るでしょ?」
「おぉ。流石美琴さんですね。ふんふん」
「アンタも一年前に比べると大分出来るようになったわね」
「学校では先生もいいですし、それ以外には優秀な家庭教師様がいらっしゃるので」
「あはは。ほら、さっさと今日の分終わらせちゃおう」
「うぃ」

 美琴の旦那調教は学業まで伸びており、付き合ってから課題なり予習なり復習なりを手伝い、教え込んでいたら上条はちょっとづつだが頭が良くなってきたのだ(補習を受けない程度)。つまりは継続は力なり。夏休みの課題&大学受験への勉強もまとめてやるのでは無く、一日にちょっとづつでもやるのが大切なのです。
 うんうん。その調子その調子。
 ちなみに自分は中学3年生で初めて3単現のsをやっと理解した頭脳の持ち主。上条さんにとても共感します。はい。


「おっしゃー、今日の分終わりー」
「お疲れ様。じゃあちょっと休んだら買い物行こ」
「おぉ」
「…」
「あー、背筋っ」
「…」
「ん? あぁ、そうだった。おいで、美琴たん」
「えへ」

 勉強が終わり、これからはフリータイムなのだが美琴は何故かモジモジし出した。これは2人で勉強を始めてからは毎回の事なのだが、美琴は上条に勉強疲れを癒してほしく、甘えに行きたいのである。しかしツンデレレベル5の美琴はそんな事は言い出せないのでモジモジする他ないのだ。
 そして上条がその事に気付き美琴の事を呼ぶと、美琴は嬉しそうにテーブルをハイハイで回り、上条座椅子に寄りかかった。夏休みでこれは相当の暑さなのだが、クーラーがあるので大丈夫! 一年の間にとある事情により大破した備え付けの古いエアコンではないピッカピカの最新式なので電気代も安い! …と言っても寮住まいなので一緒なのだが。

「ねぇ当麻ー、今日何食べたいー?」
「そうなー、暑いし…冷やし中華とかいいですね」
「いいね」
「だろ? んんー…、何か眠くなってきたな」
「私も。ここ、寝心地がいいのよね」
「ちょっとだけ寝ようぜ。買い物は起きてからでもいいだろ」
「うん。でもタイムセールには間に合うようにしなきゃね」
「そうな。じゃあ毛布取ってくるからちょっと離れてくださーい」
「いや」
「……あのな。クーラーついてるんだから風邪ひいちゃいますよ?」
「じゃあ、1枚を2人で使う」
「はいはい。それでいいから」
「えへ」

 そう言うと美琴は満足したように上条から離れた。そして上条は立ち上がるとベランダで干していた毛布を取りに行く。…が、窓から見る外の景色は相当に危険だ。暑さで空間が歪んでるぜ。
 学園都市は巨大な壁で覆われているためか他の地域よりも風が少ない。…と、思う。地面は大半がアスファルトかレンガ作りなので反射した日光が跳ね返り更に体感温度を高める。科学の先を行く学園都市製のコンクリート達だが、これには耐え切れないようだ。


「うっはぁぁ…」

 上条がベランダに出ると、やはり室内とは相当の温度差だった。眼鏡をかけている人なら一瞬にして曇るだろう。干してあった毛布や敷布団達もこの暑さで完璧に天日乾しされ、ふっかふかだ…けれども、今この布団で寝る気にはなれない。

「すまん、美琴。寝るの床でもいい? 布団が相当の熱さに仕上がってる」
「いいわよ、別に」

 美琴は文句言うわけもなくすんなりOKする。忘れてしまうかもだが、美琴はお嬢様なのだ。決して床で寝るような女の子じゃないのだが、特に渋る様子もない。理由は何故か。それはその…、うん。そう。

「よいしょっと、大丈夫か美琴たん。ちゃんと全部かかってる?」
「…も、もうちょっと」
「やっぱ長さ足りねぇんだよ。もう一枚―――」
「っ…」

 部屋に戻り、美琴と一緒に一枚の毛布で昼寝しようとするが如何せん一人用の毛布のため二人は納まりきらない。それで上条は2枚目を持ってこようとするのだが、美琴は毛布から出ようとする上条のシャツを掴んで離さない。そして無言の俯き。
 こ、これは美琴がやってほしい事とは違う対応をした時の反応! つまり―――

「…ほら。これでいいか?」
「……えへ」

 上条は美琴に更に寄り添ってギュッと抱きしめてあげた。美琴は大満足なのか掴んでいたシャツを離し、変わりに上条の腰に手を回して胸にえへへ顔を埋める。
 正解を導き出した美琴マスター上条当麻は美琴の後頭部を優しく撫でると先程のと合わせて更に気持ちよい睡魔に襲われる。うと、うと…。

「あー…、美琴たん、いい匂い…」
「ふにゅ…」
「ん…」

 そして2人は眠りに落ちた。クーラーで冷えた体を心地よい温かさが緩和する。
 これは深い眠りになっちゃうかも…、ふにゃー。

 ……。


 しばらくするとトントントントンという音で上条は目を覚ました。結構寝てしまったのか窓にはカーテンが閉められているが真っ暗である事が分かる。
 一緒に寝ていたはずの美琴は隣にいなく、音がする方を見てみると、その美琴がエプロンをつけて料理をしているところだった。

「あれ…」
「あ、起きたー?」
「すまん美琴たん。結構寝ちまった。…もしかして買い物一人で行った?」
「うぅん。私もさっき起きたばっかり。今からじゃ門限に間に合わないから残り物で夕食作ってるけど…、いいよね?」
「全然OKっすよ。ごめんな」
「い、いいわよ別に。私だって寝すぎちゃったんだから」

 そう言うと美琴はプスプスと頭から煙を出し料理に戻った。いつもは一緒に料理している上条夫婦(仮)だが、今日は上条が寝起きで寝ぼけているであろうから美琴が作る事にする。
 汁物も作っているのか小皿におたまでよそって、味見をしているようだ。うん。美味しい。えへへ。
 そんな美琴の後ろ姿を寝ぼけ眼でぽけーっと見ていた上条は何ともいえない感じになった。あれ…、俺は「不幸」が代名詞だったのに…超幸せな気がする……。
 しばらくすると「できたわよー」という声と共におぼんを持った美琴がすたすたと歩いてきた。今日のメニューは肉野菜炒めになめこの味噌汁だ。うまそう。夏場での肉はスタミナをアップさせる。

「…って、あれ? お前の分は?」
「私はいいわよ。寮でご飯でるし」
「そっか。じゃあすみませんが、いただきます」
「どーぞ」
「もぐもぐ…うまっ」
「えへ」

 美味かった。野菜もきちんと摂取出来る健康メニューは美琴の手によって食べやすい味に調理され、箸が止まる事はない。

「…」
「えへへ」
「…」
「えへへ」
「…あの」
「ふぇ? な、なに?」

 あった。箸が止まる事。それは―――

「そ、そんな凝視され続けると少々食べにくいんですが…」
「うっ…。わ、私そんなに見てた?」
「それはもう。珍獣でも見てるのかってくらいに」
「あぅ…」

 美琴の料理がない分、上条が食事している時は美琴は暇なので上条の食事の様子を見ていたのだが、その視線が気になってなかなか箸が進まなくなっていた。
 美琴もお腹が減って食べたいのかと問うとどうやらそうではないらしい。では何故か?

「あ、アンタが…私の料理を美味しそうに食べてくれてるから…」

 …と美琴は顔を真っ赤にし、頭からプスプスと煙をあげ、モジモジしながら答えた。
 上条は箸で掴んでいたご飯をポロっと落とし暫くフリーズした。何かもう…可愛かったからだ。この目の前の小動物のような彼女が。



「明日はバイトなのよね?」
「おぉ。9時から5時まで」

 食事が終わると美琴は上条と一緒に食器を洗い、帰り支度をして玄関に立っていた。常盤台指定の制服は一年前よりも少しだが胸のエンブレムが盛り上がっているような…いないような?
 夏休みという事で部屋に泊まると言ってきかないのかと思ったが、約半年前に上条から合鍵を貰って以来部屋に泊まると言った事は少ない。
 そして美琴が言う上条のバイト。内容は夏休み限定の第六学区にある遊園地内のレストランのウエイター。交通費支給、時給そこそこ。…と美琴には言ってあるが、美琴が上条の仕事ぶりを見る事はない。
 理由は簡単。ウエイターじゃないから。本当はマスコットゲコ太の着ぐるみを着ての風船配りだ。しかしそんな事をこの『ゲコ太をこの上なく愛でる会』会長の御坂美琴に言ったが最後、一人でそのゲコ太の回りをくるくると回り、全ての風船を持って行きかねない。
 そして上条はバイトの理由として、年末年始の時に美琴に言った『夏休みにまた来るか』と言った交通費と、親御さんへのお土産代を稼いでいるのだ。残りは貯金。…は出来ません。多分全部食費です。

「じゃあまた明後日ね」
「ホントにいいのか? 送んなくて」
「うん。今日は一人で帰りたい気分だから」
「そっか。じゃあありがとな。飯に勉強」
「いいわよ、じゃあまたね! 当麻!」
「またな、美琴」



「ふーふふん、ふーふふん、ふんふんふーん♪」

 美琴は常盤台の自分の部屋に帰ってくるなり風呂場に直行した。夏場で外が暗いという事は結構な時間だという事。それに加え上条の寮から美琴の寮までの程よい距離を考えると門限に間に合わない可能性が高いのだが、そこは見事にクリアしたらしい。…大量の汗と体力を消耗して。

「お姉さま、今日もご機嫌ですわ」

 白井黒子は風呂場から聞こえる美琴の鼻歌をお供に風紀委員の仕事を片付けていた。
 一年前の白井ならば、美琴のいる風呂場にムレムレだの濡れ濡れだの言って直行するだろうが、今の白井はそんな事はしない。精々下着を漁る程度だ。…あれ?

「えへへ」

 美琴は浴室が出てくるといち早く外した指輪を薬指にはめる。クリスマスに貰った上条からの夫婦の証。上条は安物と言っていたが、これは全然傷んではいない。
 半年くらいではどんなアクセサリーでもそれ程傷まないだろうが、この指輪はこれからも色あせる事はないだろう。上条の愛を受けている限り、美琴の幸せでコーティングされているのだから。


「そういえば明日は暇なのよねー」
「あ、お姉さまが出てまいりましたわ。ちょっと待ってくださいまし」
「ん?」

 パジャマ姿の美琴がタオルで髪の毛をワシャワシャと拭きながら脱衣所から出てくると、白井は携帯っぽくない携帯で誰かと話してたようでチラリと美琴の方を見てきた。白井の携帯こそ学園都市で一番の最先端技術だと思う。使いにくそうだけど。

「お姉さま。明日はお暇でしょうか?」
「明日? まぁ、暇だけど?」
「初春と佐天さんが一緒に遊園地に行こうと誘ってきたのですがどうでしょう? たまには受験勉強の息抜きにでもどうかって」
「遊園地!? い、行く!」
「…? もしもし? お姉さまも行けるみたいですわ。…はい。では朝9時に第七学区の駅で」
「何だって?」
「朝9時に駅前に集合になりました。でもお姉さま…そんなすんなりOKして大丈夫でしょうけど、大丈夫ですの?」
「ま、まぁ。たまには息抜きも必要でしょ! うん」
「???」

 翌日、遊園地から帰ってきた美琴が両手に大量のゲコ太風船を持ってくるのを、この時部屋で柿ピーを食べている上条は知る由もなかった。


 そして翌日の夕方。

「上条君。素晴らしい風船捌きだったよ。時給30円UPさせよう」
「マジですか!」

 上条当麻の不幸は、幸せの幸せな女神により打ち消されている。

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